大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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お粗末な大連空港のトイレ

大連周水子国際空港は、世界13カ国につながり、外国29都市を含む、88都市と結ばれている。 2009年に完成した新ターミナルは、年間955万人が利用可能で、東北地区ではトップで、全国でも16番目だ。
正に、中国の北の玄関と呼ぶにふさわしい内容である。大連空港の中国語サイトはこちら

さて、中国ブログのネタで外せないのがトイレ話だが、4年ぶりの大連訪問でも、やはりトイレの話題に触れなければならない状況に出会った。
今回は、5日間滞在して、帰国する最終日のこと。CA東京行きに余裕を持って間に合わせるために、早朝6時半にホテルを出た。早かったので、トイレに行かなかった。
空港に着き、搭乗手続きも無事済んで、時間の余裕があったので、トイレに行った。大のほうである。
男子衛生間の表示にしたがって入ってみると、制服を着たおじさんが、暇そうにモップで床を磨いている。
あれほどの立派なターミナルなのに、男子トイレの大の個室は、3室しかなかった。
ドアの表示を見ると、一室が洋式トイレで、残りの二つは中式トイレだ。金隠しがないのでどちらを向くべきか分からない便器だ。詳しい説明はこちら
椎間板ヘルニアの影響でひざが深く曲がらないので、中式トイレはイヤだったので洋式トイレを使おうとしたが、洋式は使用中だった。
そもそも、国際空港に中式便器はないだろう。
欧米人がもっとも忌み嫌うのは、中式トイレ(和式トイレでも同じことだが)だという。
日本の空港では、(少なくとも成田空港には)和式トイレはなかったような気がする。

仕方なく、中式トイレのドアを開けて入ってみると、ひどいことにドアの内鍵が壊れている。
仕方なくその隣の中式トイレのドアを開けた。
なんと、そこには、流されないままのうんこがこんもり残っていたのだ。
『まったく、中国人のマナーは変わっていないな。使いっぱなしなんだ』
などと、捨て台詞を言いながら、鍵が壊れているほうのトイレに戻った。幾らなんでも、他人のうんこの上に盛り上げる気にはならなかったから、当然の選択だ。
内鍵が壊れているといっても、内側に開くドアだから、手で押さえればなんとかなると割り切った。
始める前に、トイレットペーパーのホルダーを見ると、ペーパーがない。
『管理が悪いなぁ、じゃ、今回は止めよう』
と、外に出てから思い出した。
中国では、小さいぺーパーを入れておくと、丸ごと盗まれるので、小便器の近くに大巻のトイレットペーパーを設置しておき、必要な分だけ巻き取ってからトイレに入るのだったと。詳しい説明はこちら。
探してみたら、予想通り大巻紙があったので、必要量を手にぐるぐると巻き取って、中式トイレに入って、ひざが曲がらず不便ながらも用を足した。
巻き取ってきたペーパーで尻の処理もしたし、ズボンをあげてベルトを締めなおして、流そうとしたときだった。
水を流すためのレバーがみつからない。足踏みペダルもない。振り向くと、光電センサーのような窓がある。
『ははぁ〜ん、これだな』
センサーらしき黒い窓の前に手をかざしたが何も変化がない。さらに手を振ったり、タッチしたり、押したり、叩いたり、いろいろ試したが、水が出てこない。再度、室内を見ても、レバー、ペダルはおろか、ボタンも、紐も、動かせそうなものは何もない。まさかとは思うが、何枚目かのタイルが隠しスイッチなっていたのかも知れない。
しかし、そんなことが分かるはずがない。
どうしようもないので、人目を忍んで、逃げるように出てきた。
制服のおじさんは、相変わらず、モップで床を拭いている(振りをしている)だけだ。
思えば、隣の便器のうんこの人も、流せなくて仕方なく放置したものだろう。彼もあわてたに違いない。
こうして、ひどい罪悪感に苛まされながら、中国から機上の人となったのだが、今思い返しても、気分が悪い。

タクシー代を値上げしてやればぁ

4年ぶりに大連に行って思ったことの一つは、『タクシー代を値上げしてやれよ』ということだった。
よそ者がでしゃばって、勝手なことを言うなと言う勿れ、ちゃんと理由があるのだから。

詳しいデータはないが、直感的に、感じたのが次の二点。
(1)タクシー運転手のマナーが悪くなった
(2)流しのタクシーの数が減った。

大連空港から開発区の中心部までのメーターは、60元からせいぜい70元だ。
4年前までは、メーターで清算するタクシーが普通だった。
ところが、今回空港から乗ったタクシーはこんな具合だった。

空港の国際線到着ロビーを出たが、タクシー乗り場が分からない。
怪しげな男が近づいてきて、日本人と見るや『たぐし、たぐし』と声をかけてくる。
こんな、白タクまがいの怪しいやつを相手にしてはいけないと、2人ばかり無視したが、他に車も見当たらないので、3人目の呼びかけに応えた。当方は、中国語で喧嘩が出来る大先輩とわたしの二人連れだ。大先輩が、中国語で交渉を始めた。
「開発区まで幾らだい?」
「開発区はのどこだ?」 と運転手。
「中心部の△□ホテルだ」
「それなら120元だ」
「高いから止めた、乗らない」 と、大先輩。
「分かった、分かった、安くするよ、幾らなら良いのか?」
「100元だ」
「100元だって! せめて110元にならないか」 未練がましい運転手。
「じゃ、別の車を探すからいらない」 あくまで強気の大先輩。
「しょうがねぇな、100元でいいよ」
車は白タクではなく、タクシーの塗装をした正式な車で、メーターも運転手の許可証もついている正式なタクシーだ。
こうして、トランクに荷物を積み込んで、我々二人が後部座席に乗り込んだ。 すると空いている助手席を見つめていた運転手が言った。
「もう一人、探してくるから、ちょっと待ってくれ」
 相乗り客を探そうという魂胆だ。
「冗談じゃない、我々は急いでいるんだ、すぐに出ないなら、降りるぞ」 と大先輩は譲らない。(急いでいたかどうかは知らないが)
「すぐ戻ってくるから」 あくまでも未練たらたらの運転手。
「ダメだ、じゃ、ここで降りる」 と大先輩が脅す。
仕方なく、運転手があきらめて、空港の駐車場を出て、開発区方面に走り出した。と、思ったとたんにいきなりユーターンした。仲間のタクシーに横付けして、
「おい、開発区に行くなら、後ろの二人を引き取ってくれねぇか。100元なんだけど。おれは別の客を探すから」
「ああ、良いよ」 仲間の運転手は気軽に引き受けた。
「お客さん、あっちの車に乗り換えてくれ」
「ふざけるな、お前が100元で行くと言ったから、我々は乗ったんだ。乗り換えなんか出来ない」
「ちょっとだけじゃないか、荷物は移すからさ」
「絶対ダメだ、無茶を言うと、このまま警察に行くぞ。コノヤロ」 大先輩は、一歩も引かず運転手の背中を小突く。
大先輩の迫力に負けた運転手は、しぶしぶ、開発区に向けて走り出したが、その運転振りのむちゃくちゃと言ったら、とんでもない神風タクシー(日本ではもはや死語だが)だった。
(こいつは必ず事故を起こす。その日が今日でないことを祈る) そんな心境の30分間だった。
なんとか、事故を起こさずにホテルに着いて、大先輩が100元の約束に色をつけて110元を支払った。
(これはこれは、思いがけずどうもどうも)と感謝の言葉が出るかと思ったが、出たのは悪態だった。
「なんだよ、110元か。120元くれよ」 と運転手は納得していない。
せっかくの好意の10元を無視された大先輩は、憮然としていた。

4日後の帰りは、ホテルの前で待機していたタクシーで空港まで行った。
流しのタクシーなら、事前に値段交渉をするが、ホテル前で待機しているタクシーは、メーターで行くのだと思い込んでいた。
空港に着いてみたら、メーターが動いていない。こともなげにひと言
「120元」
三人も乗っていたので、金額で困るわけではないが、大連のタクシー現況を見た思いがした、往復の乗車だった。

なぜ、こんなことになっているのか、わたしなりに考察してみた。
大連のタクシー料金は、2006年5月に少額値上げされたが、その後変わっていない。
しかし、2006年以降の大連の消費者物価指数は、急激に上昇しているのだ。
大連市物価局が公開している指数を元に、2006年からの物価指数をグラフに示したのが下の図だ。
dalianCPI.png
見て分かるとおり、総合物価指数は、2006年1月に対して2012年1月では123%に上昇しており、食品だけを見ると164%である。
これに対して、交通・通信費は、逆に92.7%に低下している。この低下は、通信費のインターネットや携帯電話の料金が低下したためで、タクシー代は変わっていない。
タクシー運転手がそれほど豊かな生活をしているはずもないので、エンゲル係数は高いことだろう。
2006年以降、工場労働者の最低賃金は、何回も見直されて上昇している。
このような状況で、タクシー運転手の賃金が据え置かれているのだから、生活が苦しくなった彼らがシャカリキに稼ごうとするのも理解できる。
中国人気質として、苦しい状況に甘んじているはずがないので、生活できないとなれば、とっとと廃業するか、雲助運転手になりきってひたすら稼ごうとするか、どちらかだ。
だから、タクシーが少なくなり、荒っぽい悪質な運転手が増えているのだと思う。

こんな状況を放置して、市民の足を不便にしているのは、行政の怠慢ではないか。
適正な値上げを認めてやって、運転手の生活を保障することによって、汎用交通の秩序を保つのが正しい姿なのではないかと思う。

困る日本店員、困らない中国店員

2008年に帰国してから、4年ぶりに大連に行った。
自動車が増えたし、新しいビルも出来て、開発区の町並みは多少変わったような気もするが、一歩裏に回れば汚いし、中国人の基本的なところはあまり変化していない印象だった。
特に、中国人のサービス精神欠如は、まったく変わっていない。

4年前に使っていた古い携帯電話の番号を変えずに使おうと、私は、料金前払いのカード(充値卡)を求めてあちこち探し回った。
事情を説明しているつもりだが、私の中国語がおぼつかないので、どこでもらちが明かない。
しばらく歩いていたら『中国移動』の看板を見つけた。
日本なら『NTT docomo』か『au by KDDI』かというような、通信大手である。
ここで聞いてダメなら仕方がないと決めて店に入った。
昼時だったので、若い女性店員がうどんを食べていた。
持っていた4年前の携帯を取り出して、
「すみませんがちょっと教えてください。この携帯に料金を前払いしたのですが」と言ったつもりだった。
女性店員は、私の声が聞き取れなかったようで
「前払いはどうのこうの、なんだのかんだの?」のようなことを言われたが、よく聞き取れなかったので、
「ティンブドォン(なにを言っているか分かりません)」と答えた。

さぁ、ここで日本の女性店員なら、どうするか?
例えば、NTT docomoの営業所に、謎の中国人が来て、旧式の携帯電話を取り出して、何か分からないことを言っている状態だ。うどんを食べていた女子店員はどうするだろうか? 
そもそも、店番の途中で、うどんを食べていると言う設定が日本では無理があるのだが、それはひとまず置いといて。店番の女子店員は困るはずだと思う。
(え、中国人が何か言っている。カタコト日本語のようだが良く聞き取れない。困ったな。どうしよう。誰か呼んで来ようか。図を描いて詳しく聞こうか)
困った挙句に、
「すみませんがもう一度いってくれませんか」
とか、申し訳なさそうにフォローすることだろう。

ところが、件(くだん)の中国女性店員は、まったく困った様子を見せなかった。
「ティンブドォン(分からない)なら、しょうがないわね」
そう言って、また椅子に座ってうどんを食べ始めたのだ。
もう、私の存在すら忘れたようだ。
少し大きい声で「有没有充値卡(充値カードはありますか?)」と聞いた。
彼女は、座ったままうどんを食べながら「没有(ありません)」と答えて、振り向きもしなかった。
我々の会話はこれで終わった。

事実はこれだけのことだが、相変わらずの、日中のサービス業の心構えの違いを感じた大連再訪問の初日だった。

日本の技術をパクッていない

開業当初から心配されていた。パクリ新幹線の事故が実際に起きてしまった。
安全性をあれだけ騒がれていたのだから、起きるべくして起きた人災の面が強いと思う。
以前から思っていたことだが、時速300キロ、500キロの高速鉄道を作ること自体は、それほど難しいことではないと思う。見よう見まねでも出来るだろうと思う。
高速鉄道でもっとも大事なことは、システム制御技術だ。
東海道新幹線は、のぞみ、ひかり、こだまと3種類の停車パターンが違う電車が5分間隔程度で間断なく走っている。引込み線に停車しているこだまに、時速300キロののぞみが追突したら大惨事になることは間違いない。日本の新幹線では、開業以来人が死んだ事故は発生していない。(自殺はあるが)この安全性こそが、世界の鉄道に誇れる日本の技術である。
今回の中国の列車事故は、まさにこのリスクが露呈したものである。
制御システムは、機械やコンピュータだけの問題ではなく、それを管理する人間の育成も含むものだ。
缶詰合宿で勉強させても、一朝一夕に身に付くものではない。人材育成は、OJT(仕事をしながら学んでいく)での時間をかけたプログラムが必須だが、中国ではこの点を無視した。
中国の書き込みサイトにあった言葉が、重くのしかかる。

『今回の事故で、中国の新幹線は、日本の技術をパクッていないことが証明された』と。

事故原因解明に必要と思われる証拠物件(事故車両)を十分な検証もせずに、畑に埋めてしまった行為にも、疑問を感じる。

大連は日中協力でもっとも重要な都市

大連日報 2011年4月27日 1面より

夏徳仁書記が中国大使丹羽宇一郎と会見

日本の在中国大使丹羽宇一郎が、昨日、東芝、日本貿易振興機構、伊藤忠商事、日立など日本企業主ら一行30余名が大連を訪問した。当日の夜、遼寧省常任委員、大連市書記夏徳仁が棒棰島迎賓館で丹羽大使一行と面会した。
 夏徳仁書記は、日本が巨大地震と津波の災害に見舞われたことに深く同情の意を表し、災害を受けた日本国民にお見舞いをした。彼が言った、日本は巨大地震と津波に加えて放射能災害発生後、大連市民は関連する日本企業と日本国民に援助の手を差しのべると共に、なくなられた人々に深い哀悼の念をささげる。1万2千人を超える大連からの留学生が一人も被害を受けなかったことについて、わたしたちは、日本政府と民衆の優しい援助に深く感謝する。佐藤水産株式会社の専務、佐藤允さんは帰らぬ人となったが、率先して大連研修生20名を救護したことに大連市民は深く感動している。
 夏徳仁は、多年に渡り大連と日本企業の協力と貢献に感謝した。また、近年は大連と日本貿易は緊密でますます発展している。(疲れたから途中まで、後日続きを)

drkansha.png

大連で残るのは森ビルだけ

ニュージーランドの大地震で建物が崩れ落ち、大きな被害が出ている。天災とはいえ、痛ましいことだ。
大連は地震がない地域だから、大丈夫と地元の人は言っているが、もし大地震が起きたら……。
日本から来た建築家が、こんなことを言っていたのを思い出した。

大連のビル建築現場を見ると、柱は細いし、床は薄く、鉄骨の量も少ない。
まともなのは、森ビルだけだと。
森ビルは、日本の建築会社が日本の耐震基準で建築したものだそうで、万一大地震が起きたときに、周りのビルが崩れ落ちても森ビルだけが最後まで残るだろうって。

森ビルには、賃料が高いにもかかわらず、大手の日系企業がたくさん入っている。
日系企業が多いから便利だと言うこともあるが、安全管理の面からも、多少賃料が高くても森ビルを選びたい気持ちは理解できる。

大連新港の火災事故・さらにその後

くらぞーさんの遼東の豕日記に「大連新港の火災事故・さらにその後」の記事が掲載されていますのでご覧ください。
爆発事故現場の半島の裏側にあたる泊石海水浴場の状況です。
かなり清掃は進んでいるようですが、まだまだ汚染の痕跡が残っています。
くらぞーさんのコメント
「浜やテトラポッドの原油除去は容易な事ではなく、まだまだ時間はかかりそうに見えました。」

とのことでした。

中国・大連「原油流出」 韓国企業に飛び火

中央日報より
 中国遼寧省大連のパイプライン原油流出事故で、大連沖の海洋汚染が広がっている。特に中国当局が原油の拡散を遮断するために大連港を閉鎖し、港の機能が事実上まひした。このため貨物の積載と荷役が適時に行われる、韓国貿易会社にも影響が及んでいる。

19日の中国メディアによると、16日夜に発生した中国石油(ペトロチャイナ)大連原油備蓄基地の爆発・炎上事故で、汚染海域が100平方キロメートルに拡大したという。前日の海洋汚染面積は50平方キロメートルだった。

現地消防当局は19日、約20隻の船舶と約400人を動員し、海に流出した原油除去作業を始めたが、風と潮流の影響で汚染面積が広がっている。

瀋陽韓国総領事館側は「大連港を通して中国と貿易をする韓国会社は、大連港のまひで輸出入物品納期に支障が生じるおそれがある」と注意を呼びかけた。

中国大連の原油流出、政府公表の60倍

中国大連の原油流出、政府公表の60倍 「回復は10年」=海洋保護専門家
 【大紀元日本8月1日】7月16日の大連石油パイプライン爆発事故で流出した原油量は、実際は、中国政府が公表した数字の60倍にあたる最大9万トンであると、米環境保護団体グリーンピースのメンバーである海洋保護専門家リック・ステイナー氏が、30日に見解を示した。なお、今回の原油流出の規模は同種の事故のなかでも最も深刻な事故に数えられ、生態への影響は、今後10年に及ぶと指摘している。
 ステイナー氏は米アラスカ大学の海洋保護分野の教授で、海上で発生した最大級の環境破壊と呼ばれる「エクソンバルディーズ号原油流出事故」において、緊急対策を補佐した人物である。今回大連で発生した事故については、国際環境保護団体グリーンピースの要請で、事故の後に現地入りし、調査研究を行った。
 同氏は7月30日の記者会見で、今回の爆発事故による原油流出は、中国政府公表の1500トンを遥かに超えるもので、6万トンから最大で9万トンの原油が海に流出していると推測した。「89年に発生したエクソンバルディーズ号原油流出事故よりも重大な事故で、人類が起こした原油流出事故でも最悪のレベル」と述べた。
 また、中国政府が発表した汚染面積435平方キロメートルについて、中国国内メディアは先週、その面積は946平方キロメートルに拡大したと報道していた。一方、ステイナー氏は、十分な空中観測システムがない以上、汚染規模を正確に把握することは不可能とし、「北朝鮮にも及んでいる可能性がある」と指摘した。
 大連市長は26日、原油除去作業について、「決定的な勝利を獲得した」と発表した。それに対し、ステイナー氏は、海面や海岸にまだ大量の原油が残っており、除去作業は今月いっぱいか秋までかかるとコメントした。なお、現地の生態が回復するには「10年以上を要する」と指摘した。
 一方、グリーンピースは、ステイナー氏の予測した数字はあくまでも「控え目」で、実際の流出量はさらに上回る可能性があるとしている。

ちなみに、記憶に新しい新潟県沖で起こったナホトカ号原油流出事故で海上に流出した重油は、約6,240キロリットルだそうです。

手作業で原油を除去する漁民
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集められた原油
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集められたドラム缶
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筵に原油を吸い込ませている漁船
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油まみれの貝
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こんな可愛い子も油まみれで作業中
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原油汚染だから泳がないで
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くらぞーさんの「遼東の豕日記大」『大連新港の火災事故・その後』に泊石湾海水浴場の生写真が掲載されています。

コンビナート火災、原因は人為的ミス

中国、石油パイプライン爆発事故があった港を封鎖=関係筋 2010年7月19日
 [北京 19日 ロイター] 中国当局は、石油パイプラインの爆発事故があった大連市の港を封鎖した。業界関係者がロイターに述べた。爆発は16日夜に起き、鎮火に15時間超を要した。 19日の国営メディアによると、爆発に伴い大量の原油が海に流出、50平方キロメートルに油膜が広がっており、当局では汚染拡大の防止に追われている。
 大連で2カ所の主要な製油所を操業するペトロチャイナ<0857.HK>は、1週間の港封鎖に対応できるよう危機管理計画を策定したという。

中国大連港、コンテナ取り扱い再開=新華社 (トムソンロイター)
 [北京 20日 ロイター] 新華社は20日、石油パイプラインの爆発事故があった大連の港でコンテナ事業を手掛ける大連港<2880.HK>が操業を再開したと伝えた。
 新華社によると、大連港は19日夜にコンテナの取り扱いを再開した。

大連石油パイプライン爆発、原因は作業ミス
 中国安全生産監督管理総局と公安部は23日北京で、大連で発生した中国の石油大手「中国石油天然気」の石油輸送パイプラインの爆発事故の原因を発表した。
 取調べによると、石油タンカーからの原油の荷卸し作業を中断した後も、業者側がパイプラインに強い酸化剤を含む原油脱硫剤を注入しつづけたことにより、パイプラインの爆発を誘引しました。この事故で死傷者は出ていませんが、火は15時間も燃え続け、事故現場の石油輸送設備がひどく破損したほか、周辺海域も汚染された。
 7月16日の午後6時20分ごろ、大連新港から「中石油」の大連石油タンクを結ぶ石油パイプラインが、タンカーからの原油の荷卸し作業中に爆発が発生し、パイプラインから原油が漏れ、火事が発生し、原油と汚水が海に流れ込んた。
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