大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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本日100万アクセス達成

本日100万アクセスを達成しました。
ありがとうございます。
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もうすぐ100万アクセス

右のカラムの下のほうにあるアクセスカウンタを見ると、996800を越えている。あと3200で100万になる。
一日のアクセス数は500前後なので、1週間以内に達成できそうだ。
2005年2月28日にスタートして、丸5年で100万に達することになる。
芸能人のブログでは一日に何万というアクセスがあるらしいし、人気ブログの上位はYouTubeの紹介だったりする。
日本のブログが何件あるのか知らないが、無名の個人が地道に書き上げたブログで100万アクセスは一つの勲章だと思う。
ジャスト1000000を踏むのがどなたになるか分からないが、何も景品はない。
コメントでも寄せていただければうれしい。

入院中です

久しぶりに見たら、トップページに広告が表示されていたのでびっくりした。
FC2ブログでは、1ヶ月間更新しないと、自動的に広告が入ることになっている。
とりあえず、広告排除のために、現状を書くことにする。

腰椎椎間板ヘルニアの診断で、現在入院治療中だ。
1ヶ月前の入院時は、四つんばいで這うのも辛く、立つことも儘ならず、全く歩けず、日常生活がどうしようもなかった。今は、室内でトイレに行くくらいは歩けるようになったのだが、まだ椅子に座ってテーブルで食事をすることが出来ない。

退院するまでは、コメントへの返事も出来ないので、悪しからずご了承ねがいます。

定年退職と今後

2009年10月15日を以って、長年のサラリーマンを定年退職しました。
本人が希望すれば、再雇用(嘱託)として、65歳まで今の会社で働くことができるのですが、いろいろと考えた結果、再雇用を希望せず、小説家の道を目指すことにしました。
妻からは、三十数年間一緒に暮らして来たけど、作家の才能など片鱗も感じたことがない。もっとまともな選択をする人だと思っていたと、散々な評価ですが、クリエイティブな仕事を始めるなら、早いほうが良い。65歳からでは遅すぎると、無理を押し切って、小説家になりました。

「なりました」と書いたけれども、勿論まだ、作品は1編もないし、どんな小説を書くのか構想さえもまとまっていません。 小説家かどうかどのように決めるのかといえば、世間には明確な定義はなく、公的な資格制度もありません。 本人が決めればそれでいいようです。

ペンネームを決めました。
中国に由来して、北京、上海、大連から一文字ずつとって「北上大」(きたかみ・だい)です。
ここに熟年小説家「北上大」の誕生です。

有名人は、公式ホームページとか、Official Siteとか、公式ブログとか作ります。
作家となれば、やはり、自分の名前の独自ドメインの公式サイトがあったほうが良い。
そこで、将来ビッグネームになったときに、他人にドメイン名を取られていたら面白くないので
北上大のドメイン、 kitakamidai.comの権利を取得しました。

Official Siteは、http://www.kitakamidai.com/
公式ブログは、 http://blog.kitakamidai.com/
と設定して、運用を始めました。
Official Siteの方は、まだ、中身が何もなく、これから作りこんでいきます。
今、接続すると「熟年小説家 北上大 公式サイト」の文字だけが偉そうに表示されるだけです。
ブログの方は、記事を3本ほど書き込みました。

2年間は修行期間として、3年目から作品を応募できるように、技術を磨いていく予定です。

この「大連雑学事典」は、現在書きかけ途中の「中国特許裁判シリーズ」と「屁理屈から入る中国語学習シリーズ」が終わったところで、筆をおいて、月に一度くらいの緩やかな更新と、コメントに答える程度に縮小しますが、閉鎖はしません。
閉鎖しないところか、公式サイトから中国駐在中の記録として、リンクを張るつもりでいます。

また、今後、公式ブログでは、修行中の短編習作も公開するつもりでおりますので、時々のぞいて、アドバイスなどいただければ励みになります。

本人自身も九分九厘無理だとは思いながらも、夢は大きく
目指せ 直木賞 !!

このくらい大見得きって、自分を縛らないと、弱いほうへ逃げてしまいそうなので、世間様に宣言しました。

応援よろしくお願いします。

熟年小説家 北上大

世界一大きいバイクとは

大型二輪免許談議になったので大きいバイクについて調べてみた。
バイクの話ばかりでどこが大連だと言われそうだが、「大連と雑学の事典」と言うことでご勘弁をm(_ _)m

大きいバイクと言えば、誰しもまずハーレーダビッドソンを思い浮かべることだろう。
アメリカのハイウェイパトロールみたいな格好をしたおじさんたちがギンギラギンに飾り立てたハーレーで編隊を組んで走るのが有名だが、若い人の中では、エレクトラグライドよりももっと簡素なハーレー・スポーツスターやダイナなどでV型2気筒の鼓動を楽しむ人も多い。ハーレーのエンジン排気量は1200cc~1600ccがほとんどで、もっとも小さいスポーツスター883でも883ccだ。

昔、日本には、「陸王」と言う大型バイクがあった。
陸王は、日本オリジナルではなく、アメリカのハーレー社のライセンスを受けて作っていた正式なものだが、戦争を挟んで会社が数度倒産して今はなくなった。最初にハーレー社からライセンスを受けたのが、製薬会社の三共だというのも意表をついて面白い。旧日本陸軍のサイドカーに採用されていた。
rikuoh.jpg
写真は1200cc750ccの陸王だが、今ではこれだけの美品はなかなか見ることが出来ないようだ。
(2009/8/22 SHIMOさんの指摘により訂正)

30年ほど前だろうか。
世界一大きいバイクとして有名になったのがブラジルのアマゾネスだった。
その当時は、フォルクスワーゲンの1600ccのエンジンを積んでバックギアがあると評判だったが、その後2000ccのものも作られたようだ。今はあまり聞かないが、まだ会社があるのだろうか。
amazones.jpg
この写真のボディには、2000と書いてあるからおそらく2000ccなのだろう。

当時は、フォルクスワーゲンの四輪車用エンジンを二輪に転用していたが、現在では、1600ccや1800ccなら、国産メーカーでも二輪専用設計のエンジンを積んで市販している。ロードスポーツで大きいのは1300ccくらいまで(中にはヤマハMT-01は1670ccなどもあるにはある)だが、クルーザーと呼ばれるアメリカンタイプが大型車の代名詞で1800ccクラスが普通にある。
たとえばヤマハXV1900A MIDNIGHT STARは1854ccだし、スズキBOULEVARD M109Rは1783ccだ。また、国内販売はしていないが、海外仕様のカワサキVULCAN2000は2053ccだと言う具合。



では、今、カタログ商品として世界で一番大きいバイクってどんなものだろう?
(高さが3mもあるようなギネス狙いの芸術品は別として、工業製品として販売されているものに限定して)
アメリカのボスホス(BOSSHOSS)と言うバイクメーカーの製品がすごい。
こいつらの前に来たら、ハーレーアマゾネスといえども、お辞儀をして通るだろうってものだ。
何しろ、GEのシボレーV8エンジンをバイクに積んでいるのだからシャレにもならない大きさだ。
560-L-1.jpg
この写真は、2007年度カタログにあった8200cc、500馬力、重さ600kgの化け物だが、2009年度版カタログでは8200ccはなくなり、6100ccが最大になっている(それでも十分に大きいけどね)。
おそらくシボレーからのエンジン供給の都合によるのだろう。

昔、合格率がとても低く、厳しいと言われていた幻の「限定解除」試験の関門のひとつが、倒れた大型バイクを起こすことだとされていた。当時の対象バイクは750ccだった(例えばホンダCB750は235kg)が、これをクリアできない受験者が結構いたと聞いている。特に女性にとっては厳しかったはずだ。もしも試験車両がボスホスで、重量600kgの化け物バイクを起こすことが条件だったら、プロレスラーくらいしか合格できなかったことだろう。

値段も怪物並みで800万円もする。
エンジンの前に付いている扇風機で熱風を送られたら、蒸焼きになりそうな予感。

こんなでかいエンジンを積んでも実用的は役に立たないと、偉そうに言う奴もいるだろうが、ちょっと待った。
もともと実用性でバイクを選ぶなら、スーパーカブを頂点として、大きいところでも小回りの利く250ccくらいまでだろう。250ccなら実用速度も十分だし、高速道路も走れるが、さらに遠くまで行くのなら四輪車を選ぶのが正解だ。

とすると、250ccを超える大型バイクなんてものは、どれもこれも実用性よりも趣味性が強いもので、どこに特徴を求めるかは人それぞれの好みで良い。6000ccのバイクなんて役に立たないなどと言うのは野暮ってもんだ。

・とにかく排気量の大きいバイクに乗りたい(所有したいと同義語だが)、
      そこに700万円使ったっていいじゃないか。
・ハーレーのエンジン音が好きなんだからほっといてくれ。
・バイクはBMWの水平対向じゃないと乗った気がしない。
・サーキットで一番速いのに乗りたいと、レーサーレプリカに乗るも良し。
・誰がなんと言ってもSR400のシングルがバイクの味だよ。
・おしゃれなべスパで街を軽く流すのがイキなのさ。(べスパでも300ccがある)
・古いと言われようと「陸王」の手入れをして、やっとこ走らせるのが最高。


オレの友達で、既にハーレーを1台持っているが、新たに60年前のハーレー中古車を買った奴がいる。レストア料金が車両価格よりも高いとぼやいていたが、こいつの音と振動は今の車では出ないんだと、悦に入っている。もちろん60年前の車だから性能は悪いよ。
彼が言うには、インジェクションのハーレーは嫌だ、ハーレーはキャブレターに限るそうだ。

ギアチェンジのないオートマチック(スクーター)なんかではバイクの魅力を感じないと言う人もいるだろう。でも高性能のオートマチック車に乗ってごらんなさい、バイクの本質的魅力は、実はギアチェンジなどという小賢しい技ではなく、自由に爽快に風を感じ、コーナリングで四輪車を置き去りにすることだと分かることだろう。
そのためには、250ccのスクーターでは性能不足だし、日本の市販バイクではこの条件を満たすのはオレのTMAXしかない。こういう自己満足もバイクの趣味性のなせる業か。


近頃では、デュアルパーパスとかアフリカンバイクとかいって、走路を選ばない大型のオフローダーも人気があるようだ。

♪♪人生いろいろ ♪バイクもいろいろ

二輪免許の谷間

オレは、ちょっと前のいわゆる「限定解除」、現在の「大型二輪免許」をもっているから750ccだの500ccビッグスクーターに乗ることが出来るのだが、実は、昭和40年から46年までの6年間が二輪免許制度が一番緩い、取りやすい時期だったための恩恵を受けているだけのことなのだ。
何しろ、当時の二輪免許は50cc未満とそれ以上の2種類の区別しか無かったのだから。
オレは16歳になった途端(当然高校生だよ)に警察署に行って試験を受けた。当時は二輪の教習所なんかなかったと思う。
地方の警察署の裏庭に設えられたコースを2回くらい回って、赤信号と踏み切りで止まって見せたら、免許がもらえたような記憶だ。使った車両は、125ccのホンダベンリィという実用バイクだったような気がする。なんといい加減な。
覚えていないけど、多分、S字カーブやクランクもあったのだろうな。

その前後の二輪免許はもっと厳しく威厳があった。
昭和39年までは、次のようだった。(もっと昔は二輪側車つきとか三輪とか複雑なので省略)
 原付一種 ~50cc
 原付二種 ~125cc
 軽免許   ~250(二輪)と~360cc(四輪)
 自動二輪 250cc~
なんと、自動二輪免許は軽免許よりも上位の格付けなので、四輪の軽自動車も運転できたのだ。

昭和40年から6年間は楽ちん時代。(オレがバイクの免許を取った時代)
 原付免許 ~50cc
 二輪免許 50cc~

昭和47年からは、また少し厳しく分けられた。
 原付免許        ~50cc
 自動二輪(小型限定) ~125cc
 自動二輪        125cc~

昭和50年からは中型限定が設定されて、自動二輪免許(制限なし)は教習所では取れなくなった。
 原付免許       ~50cc
 自動二輪(小型限定)~125cc
 自動二輪(中型限定)~400cc
 自動二輪       400cc~
 俗に限定解除といわれた最も難しい時代で、大型二輪が幻の存在だった。

その後、細かい変更が繰り返され、今では二輪免許は7種類もある。
 原付免許              ~50cc
 普通二輪免許(小型限定)    ~125cc
 普通二輪免許(AT小型限定)  ~125ccのオートマ車(スクーター)
 普通二輪免許(AT限定)     ~400ccのオートマ車(スクーター)
 普通二輪免許           ~400cc
 大型二輪免許(AT限定)     ~650ccのオートマ車(スクーター)
 大型二輪免許           400cc~

大型二輪免許(AT限定)が650㏄以下に限定されているのは、当時オートマチック・バイクで一番大きいのは、スズキ・スカイウェイブ650が最大だったからという理由らしい。現在では、スクーターではないが、オートマチック・バイクとして、ホンダDN-01(680cc)があるし、輸入品ではイタリアのGILERA社のGP800ieという800ccのスクーターが販売されている。
当然のことながら、こいつらには大型二輪(AT限定)免許では乗れない。

まぁ、おまけでついてきたような大型二輪免許だが、もし免許制度が変わっていても多分オレは二輪の魅力を感じて大型二輪免許を取っていたと思う。

リターンライダーのTMAX

リターンライダーという言葉を知ってるだろうか?
若い頃にバイクに乗っていたが、30代後半くらいから40代にかけて、仕事も忙しくなり家庭内でも子育ての真っ最中で一人でツーリングに行く時間もなく、バイクはシートカバーを被ったまま何週間も放置されている。
仕方なくバイクを処分したが、アラ還になって、子どもの手が離れ、経済的にも多少ゆとりが出てきたので、もう一度バイクに乗ろう。こういう連中をリターンライダーという。
アラ還になって、初めて大型バイクに乗ろうという人は殆どいないようで、大型を買うのは若い頃に乗っていたリターンライダーに限られる。

まさに、オレのことだ。

若い頃は、いろいろなバイクに乗ったが最後はナナハンに乗っていた。もう死語になった古い響きだが、あの頃は、暴走族対策で国内販売のバイクは750ccを上限にしていた。逆輸入車では、900ccや1000ccもあったが、高くて手が出ない。そういう訳で実質的に国内最大排気量のバイクをナナハンと呼んでいた。
オレが乗っていたのは、カワサキのGPZ750Rという、スポーツ系のネイキッドバイクでとても良く出来たいいバイクだった。本来は輸出向けの900ccに設計されたバイクだが、国内の750自主規制に合わせてエンジンをスケールダウンしたものだ。今でも街中を走っているのを見かけることがある。
GPZ750Rm.jpg
どこかのサイトから拝借した写真だがこんなバイクだった。

中国から帰ってきて是非やりたいことの一つが大型バイクを買って乗り回すことだった。1年ほど様子を見て、車種の検討を重ね、今年の5月についに買ったのが、ヤマハのTMAXというバイクだ。

ヤマハのバイクのサイトでは、バイクを(スポーツバイク、スクーター、ビジネスバイク、競技用バイク)の4つのカテゴリに分けているが、TMAXは、見かけは大型スクーター(ビグスクというらしい)だが、スクターではなくスポーツバイクに分類されている。ここにメーカーとしてのこだわりがある。

オレのTMAXの写真はこれだ。
0904TMAX021m.jpg
仮面ライダーでも登場しそうな、青色がきれいな大型スクーターだ。
こいつの走りっぷりは、後日紹介するが、結構速いし、よく走る。


ジャス還

中国語のテキストばかり書いていると盛り上がらないので、サンディさんのアドバイスに従って、ちょっと中休み。

「アラ還」という言葉がある。アラウンド還暦で、60歳前後の人を指す言葉だが、由来は、30歳前後の女性を指す「アラサー」が生まれて、その後40歳前後を示す「アラフォー」が、2008年4~6月に放映された天海祐希主演の同名ドラマ「Around40」(TBS)がヒットし、ついで還暦前後の「アラ還」が使われるようになったらしい。
また、「あらかん」と言うと古い人には嵐寛壽郎のニックネームと捉える人も多いことだろう。

本事典の古い読者なら、オレの誕生日が7月20日である記事を見た記憶があることだろう。ここで敢えてリンクはしないが、社員からプレゼントをもらったことを書いた。
今週の月曜日は、まさにオレの誕生日だった。それも「アラ還」どころか「JUST還暦」「ジャス還」だ。

会ったこともない読者から3通のバースデーメールを頂いた。誕生日の記事などずいぶん昔に書いたものだが、よく覚えていてくれたものだ。ありがとうございます。

さて、「ジャス還」となると、サラリーマンの場合、普通は定年退職となる。会社によっては、誕生日の翌日から「出社に及ばず」と言う場合もあるし、ある会社では、その年に60歳に達した人たちをまとめて年度末の3月31日を定年退職の日と定めているそうだ。オレの場合は、その中間みたいなもので、年4回の締め日が決まっているので、もうしばらくは会社勤務となる。

定年退職のあと、どうするか、道はいろいろあるが、自分なりには決めている。
時期が来たら、また紹介するかもしれない。

なんか、とりとめもない書き込みになったが、中休みということでm(__)m

「落語のあらすじ」ブログ紹介

恐縮ながら、本日は、個人的な宣伝です。

「大連雑学事典」とは別に、ブログを書き進めていました。
ブログというと、自分のカラーを前面に出して、個性を売り物にするのが通常なのですが、まったく逆に個性を引っ込めて、まるっきり事典のようなブログを作りました。

タイトルは「落語400文字ストーリー」、管理人は夢見隆一(←でっつのことです)
主として古典落語のストーリー(あらすじ)を、400字詰め原稿用紙にぴったり収めることを特徴にした、落語紹介のブログです。

もともと落語が好きで、小学校4年生のころから、夜は布団の中で、自作の鉱石ラジオで落語を聴きながら寝たものでした。
(鉱石ラジオ:原理はゲルマニウムラジオと同じらしいが、電源不要。イヤホンで聞いていた)
それ以来、落語は好きで、機会があれば聞いていましたが、すぐ忘れてしまうんですね。そこで、落語データベース(備忘録)を作ろうと思い立って、帰国後に書き始めて、ようやく100話に達しました。日本に帰ってから、1年ちょっとが過ぎました。

人様に紹介するのに、100話くらいはないと、まじめにやっているとは思われないのではないかと、静かに溜め込んでいましたが、この度、やっと100話に達したので、こちらでご案内することにしました。

自分の感想や生の声は殆どなくて、400字の落語の粗筋だけなので、面白くはありません。でも、ちょっと「どんな話だったかな」と調べたいときに筆頭ページを見ていただければ、タイトルがあいうえお順に並んでいるので分かりやすいと思います。

URLは、 http://mengjian.blog104.fc2.com/ です。
中国語を学んだ方なら見当がついたと思いますが、URLのmengjianは夢見隆一の夢見です。

所詮自己満足でしかないのですが、400字の原稿用紙にぴったり収めるのは、なかなか大変で、長い話の場合は、どの部分をカットするか悩んでしまいます。無駄な形容詞を極力避けて、同じ名前を二度ダブらないように、同じ意味なら一文字でも短い熟語を選ぶなど、結構知的ゲームとして楽しんだ結果であります。短縮したとはいえ、落語の概略のストーリーは伝えているつもりですが、面白さを伝えるのは無理です。

また、落語は面白いもの、笑わせるものだと思っている人が多いのですが、人情話や怪談話などは、最初っから笑わせることを目標にしておらず、じっくりと話をきかせることで味を出します。そんな、奥深いところは伝わらなくても、粗筋を知っていれば、人前で、きいた風な話をする材料にはなります。

落語は、噺家によってモデファアイされますから、同じ話でもサゲが変わったり、ストーリーが微妙に違ったり、時間の関係で途中で切ったりすることがあるので、誰が演じた話なのか、演者の欄も確認してください。

それでは、「落語400文字ストーリー」へのお出でをお待ち申し上げております。

ま、時々覗いてください。

インフルエンザ フェーズ5

フェーズ4にランク上げしてから2日も経たずに、フェーズ5になった。
40年前の香港インフルエンザの時代と比べると、航空機網の発達が著しく、人々の往来も激しいので感染の速さは、比較にならないかもしれない。
また、逆に情報伝達も早くなっているので、防御体制が取りやすいという利点もある。
エールフランスでは、週10便のメキシコ便が飛んでいるが、客室乗務員の搭乗拒否が相次いでいるそうだ。

鳥インフルのH5N1型は強い毒性を示し致死率が高いがことが恐れられていた。
SARSのときもそうだったが、一たび感染すると直ちに死の恐怖との戦いになった。
これに対して、今回のブタインフルは、A型のH1N1型で毎年流行するインフルエンザの類なので、多少は免疫があるかもしれないし、毒性はあまり強くない。だから、たとえ感染しても健康な人なら死に至る可能性はそれほど高くないと予想されるので、過剰に怯える必要はない。39度を超える熱が出るが、体力が持てば数日で快復するはずだ。
問題なのは、老人や子供、手術直後の病み上がり、さらにはエイズなどの免疫症候群に感染している体力的な弱者の場合だ。高い発熱に身体が耐えられなければ最悪の結末を迎えることになるかもしれない。
やはり大切なのは、感染を広めないことだ。

鳥インフルで警戒網を築いていたけれども、ブタから来ても対処は同じこと。

うがいと手洗いの励行。
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