北京オリンピックに関するやらせ(?)が話題になっている。
(1)巨人の足跡(花火)中継は、CGだった。 開会式当日、天安門から鳥の巣に向かう巨人の足跡をイメージさせた打ち上げ花火が実はコンピュータグラフィックスだったことが明らかになった。 実際に花火は打ち上げられたらしいのだが、花火を見下ろす角度の映像を撮るためには、ヘリを飛ばさなければならないが、保安上の理由で上空飛行の許可が得られず、やむを得ずCGを採用したという。ヘリ中継の臨場感を示すために時々細かい振動を加えたと言うから芸が細かい。
(2)雨雲を寄せ付けないように、消雨ロケットを1000発以上発射した。 報道によると、8日午後4時から午後11時39分までに市内21カ所から合わせて1104発のロケット弾を発射し、雨雲が鳥の巣に向かうのを阻止したという。
産経ニュース もし、開会式に雨が降ったら、巨人の足跡花火中継にも雨を降らせなければならず、CGの内容と矛盾が生じてしまう、だから絶対雨を降らせたくなかったのか?
もし雨が降ったら開会式の演目をいくつかカットする予定だったようで、主催者側としては、なんとしても雨は避けたかったようだ。
天候を左右することが欺瞞とも言えないと思うのだが、世界の評価は厳しい。
(3)美少女の歌唱は口パクだった。 赤い服を着た国民的美少女(林妙可、9歳)が革命歌を歌い、可愛い子だねと世界中が見惚れていたのだが、実は林妙可はあまり歌はうまくなくて、実際の歌声は別の少女(楊沛宜、7歳)だった。一方、楊沛宜は歌は抜群にうまいのだが、歯並びが悪くて容姿に問題があると判断された。 中国当局は、可愛い顔とすばらしい歌唱力を同時に提供しただけで問題ないと。 また、楊沛宜のコメントとして
「世界中の人に歌を聞いてもらっただけで幸せ、満足している」と発表したが、本当の言葉なのだかどうだかネ。
いつリンクが消されるか分からないが、写真を見たい人のために二つのサイトを紹介しておこう。
心的帰宿 roomx的博客ま、イタリアのオペラ歌手、パバロッティ氏(昨年死去)が2006年トリノ冬季五輪開会式で歌ったのも口パクだった、とあとでわかった前例もあるとのことだが、ちょっと意味合いが違うよね。
(4)ボランティア応援団が出没 中国選手が出場しておらず、人気が少ない競技場では当然観客も少なく、観客席ががらんとして寂しい感じを与えてしまう。それを嫌った運営側が、ボランティア応援団を募って空いた客席を埋めるのだそうだ。黄色いTシャツを着た応援団は、規則に則った礼儀正しい応援をして、競技が終わるとさっさと帰ってしまう。見ていて不自然だとの指摘がある。
(5)数秒送れた生中継CCTVの国内向け“生中継”映像が、NHK衛星放送の映像より数秒遅れていたそうだ。CCTVが意図的に放送を遅らせていたのかもしれない。 中国では、当局にとって不都合な事態が放送中に生じた場合、別の場面に切り替えるため、生中継でも「時差」を設けて放送するのが常識とされる。
別にオリンピックの欺瞞ではないのだが、やっぱりネ。
(5)中国の体操女子には、年齢詐称の子どもが混じっている? 体操女子は、開催年の年末までに16歳に達しない選手は出場できない、つまり少なくとも15歳以上のはずなのだが、中国体操女子の中には、乳歯が残っているなど14歳と見られる選手が3名いたと、アメリカの報道。その3名が段違い平行棒で高得点を挙げた。
優勝記者会見では
「何可欣さん、15歳の誕生日に何をプレゼントにもらい、どこでどう祝ったかを教えてください」と取り調べのような質問が向けられたが、
「国家チームに入ってから、実家で誕生日を過ごしたことはない。チームのみんなに祝ってもらった」と。
どこまでホントなんだか?
(6)世界新記録続出の競泳の裏にはすごい秘密が!北島康介、マイケル・フェルプスをはじめ、北京オリンピック競泳では、世界記録や日本記録が続出している。好記録の要因として、スピード社の水着の効果、プールの深さ(3m)が適切、室内プールなので外気の影響を受けないなどが挙げられているが、本当にそれだけか?
(6−1)プールの長さが短かかった。プールの長さは国際基準で50メートルと決められているが、北京の水立方のプールは1メートルほど短いことが未公開の秘密だった。 国際水連がプール長さの規格を検査するので、計測の時にはきちんと50メートルだった。ところが、開催日当日未明にパスワードと共に隠されたボタンを押すと、ターン側の壁がせり出して1メートル短くなっていたのだ。党中央委員の発案で、世界記録が続出した方が北京オリンピックの歴史的価値が高まるとの意見で内密に工事されたので、この工事を担当した者は現在全員留置場におり、塀の外でこの事実を知っている者はいない。
(6−2)時計の進みが遅かった。北京オリンピックの計測はオメガが担当している。世界のオメガの計測が狂っていたと言うのだ。オメガがそんなインチキや間違いをするはずがないと思うだろう。ところが、中国は偽ブランドの国。オリンピックの計測装置が全て偽オメガに置き換えられていたのだった。偽オメガのストップウォッチは、1分進むのに63秒かかっていたのだ。
この程度のことが予測できないようでは、北京のオリンピックを真に楽しむことはできない。
注記:上記(6−1)と(6−2)の内容は、真っ赤な嘘です、ごめんなさい。
いよいよあと4日で北京オリンピックが始まる。競技成績は当然気になるところだが、それにも増して事故やテロ騒ぎがなく、無事に運営できることを望みたい。
オリンピックのことを中国語では、本来は「奥林匹克国際運動会」と書くのだが、忙しい現在ではこんな長ったらしい言葉は使われず、新聞でもテレビでも、「奥運会」と略されている。また「奥運」だけでオリンピックの意味に使うことも多いし、極端な場合は「奥」の一文字でオリンピックを意味する接頭語として使うこともある。
北京オリンピックには、28の競技があるそうだが、その名前を中国語でどう書くのか、
北京オリンピックの公式ページから、ピクトグラムと中国語と英語の表記をコピーして、紹介する。
北京オリンピックのピクトグラムは、篆書体の要素を取り入れたデザインだそうだが、ちょっと分かりにくいかな?
先ず「アーチェリー」だが、「箭」は、矢の意味なので、文字通り矢を射ると言うことだ。
日本語なら、日本の弓と西洋の弓を区別するために、「洋弓」と書いている。

続いて、陸上競技だが、「田径」と言うとは想像もできなかった。どんな由来があるのだろうか?

バドミントンは、普段から使っている「羽毛球」で、問題ないな。

次は野球だが、中国語では「棒球」となる。

バスケットバールは、かご球で、字は違うが意味は日本と同じだ。よく考えたら英語でも同じだった。

ボクシングは、「拳撃」だが、日本語の「拳闘」とどちらが名訳かな?

カヌーは、フラットウォーターとスラロームのに2種目がある。スラロームは、激流回旋とすごい表現になっている。

自転車は、おなじみの「自行車」となるのだが、トラックレース、ロードレース、マウンテンバイクにMTXの4種目がある。

馬術は、簡体字になっているが日本語と同じ。

フェンシングは、「撃剣」、該当する日本の漢字表現はなんていうのかな?

サッカーは「足球」で、大連の人なら誰でも知っていると思う。

体操競技は、日本語と全く同じ体操だが、日本語では素っ気なく「新体操」と呼んでいるところを、中国語では「芸術体操」としている、英語では、リズミカルな体操ということだ。

ハンドボールは、そのまんま「手球」だが、日本ではむかし「送球」と呼んでいたことがあるそうだ。

ホッケーは、「曲がった棍棒の球」だって、文字通りだね。

柔道は、そのまま柔道。

「近代五種」は、「現代五項」となる。そもそも種目のことを中国語では項目と言うのだから、このような漢字使いになるのは当然だ。ピクトグラムは馬術と紛らわしいが、左側に5つの点々があることで見分ける。

ボート競技は、競艇と同じ意味。

セイリングは、ヨット競技と言う方が分かりやすい。

射撃は、簡体字に直しただけ。

ソフトボールを「塁球」っていうんだ。英語のベースボールを直訳したら「塁球」だよな。

水泳競技は、競泳、飛込み、シンクロナイズドスイミング、水球の4種目。
シンクロナイズドスイミングを、「花のような泳ぎ」と言うのが面白い。

卓球は、中国語でピンパン球。

テコンドーは、発音に合わせた漢字を当てている。
テニスは、ご存知「網球」だが、このピクトグラムを見て、テニスファンとしてはちょっと意外だった。
というのは、バックハンドの両手打ちをイメージしていると思うのだが、両手打ちなんて、クリスエバートが1970年代に使い始めてから、まだ30年足らずの新しい技術なのだが、世間では、テニスを代表するフォームとみなされているようだ。
トライアスロンは、「鉄人三種目」って言うんだ。

バレーボールは、日本と同じく「排球」だが、ビーチバレーは、「砂浜バレー」。

ウェイトリフティングは、「挙重」という。

レスリングは、「摔跤」、難しい字だが「摔」は、投げると言う意味。

各競技の中にいろいろな種目(中国語では「項目」)があるが、これらについては、
オリンピック競技種目一覧表のサイトを参照してくれ。
2005年7月21日の為替制度改革実施以来、中国の人民元の対ドルレートの累計上昇率は7月16日に21%を上回った。
米ドルで現地給与をもらっている人たちにとっては、目減りが気になるところだ。
2005年以前は、100ドル紙幣を両替すれば、手数料を差し引いても約800元を手にすることができたが、今じゃ700元を割り込み、650元くらいに下がってしまった。
グラフで表すとこんな具合だ、下に日本円の元レートを並べておく。(出典:Wikipedia)


ドルは2005年までは固定相場制なので平坦な直線だが、2005年から下降を始めた。変動相場制とは言っても、かなり管理色が強く、変動は少なく波動がなく一方的にどんどん下降している。
一方日本円は、特別な管理をされていないようで、市場レートをそのまま表しているので、日々変動しながら推移していることが分かる。
日本円を持っているなら、今度円高になった時に両替しようなんて狙う楽しみもあるが、ドルは変動しないので、持っているドルは、とっとと元に変えた方が良い。
中国で働く日本人駐在員の現地給与は、米ドルで支給されている会社が多い。これは、日本企業が数多く進出するようになった1997年以降8年間は、実質的に1ドルが8.27〜8.28元の固定相場制だったので、為替レートが個人の生活に影響を与えないように、また日本から海外送金ができる外貨だったから、米ドルを選んだ結果だった。
ところが、2001年に中国がWTOに加盟してから、国際取引が急増して経済発展につながったのだが、この間、諸外国、特にアメリカから人民元切り上げの要請が強まっていたため、中国政府は2005年7月21日から、通貨バスケット制による変動相場に切り替えた。切り替えた当初は、1日の変動は0.3%以内に制限し、その変動も緩やかなものだったが、2007年5月21日から1日の変動幅を0.5%に拡大した。
それ以前の人民元管理は次のようなもので、一時は、1ドルが3元まで下がったことがある。
* 1949年 - 1971年 固定相場制
* 1972年 - 1980年 通貨バスケット制
* 1981年 - 1993年 二重相場制
* 1994年 - 1997年 管理フロート制
* 1997年 - 2005年 固定相場制
* 2005年 - 現在 管理フロート制・通貨バスケット制
チングイ(軽軌)の名で馴染んでいる軽軌道3号線は、市内中心部の大連駅から開発区を経由して、リゾート地の金石灘まで1時間で結ぶ軽軌道鉄道だ。
2008年7月8日のニュースだが、軽軌道3号線が開発区から分岐して金州までつながった。つながったといっても、営業運転を始めたわけではなく、試運転車両を走らせたというだけなのだが、ここまで来れば営業運転は、タイムスケジュールにのってすすめられるはずだ。

いい加減な地図で恐縮だが、金州分岐線は、地図の赤い線の辺りだ。
大連日報の朝刊から路線図をコピーして張り付ける。

建設施工から3年を経過し、軽軌3号線の金州線分岐工事が終わり試験電車が通った。今後3ヶ月間の試運転調整後、営業運転を開始する予定だ。金州から大連駅まで45分間で到着するので、金州の住民の利便性は高まり、観光や経済の発展にも大いに貢献するだろう。
2005年6月に掲載した記事では、翌年の12月、つまり2006年末には竣工するはずだったのだから、2年間遅れたことになる。
開発区の日系企業に勤務する労働者の中には、この鉄道の恩恵を先読みして、金州にマンションを購入した人も多いはずだ。オレが大連にいるときに、すでに8割方工事が進んでいたので、中止する可能性は少なかったと言えるが、計画が突然変更になったり中止になったりすることが多いこの国では、きちんと鉄道が通ったことで、マンションを買った人たちは、本心から安堵したことことだろう。
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出典
新商報2008年7月9日
金州九里から乗り換えなしで大連駅まで
快軌3号線分岐工事試運転車が通る
新商報調べ(記者 吉存)
昨日午前、快軌3号線分岐工事の試運転車開通式典が金州で挙行された。市のリーダーである張成寅、夏徳仁、懐忠民、甲景瑞等が開通式典に出席した。式典は副市長の張軍が主催した。
夏徳仁が挨拶した。
「快軌3号線の分岐工事は大きな意義があり、これは市政府が全市全域を挙げて達成したものである。市の西北地域の開拓促進、県域の経済発展と市内と地域一体化の重要なステップである。開通した後は、金州は都市の重要部分を構成することとなり、その都市化レベルは新しい段階に上がることとなる。快軌3号線の分岐工事は金州の今後の経済発展に対して都市建設と社会事業発展の面で明らかに有益である」と。
紹介によれば、快軌3号線分岐線は、開発区駅から金州九里まで全長14.288km、全線に7つの駅が設けられ、駅間平均距離は2kmで、市民が利用しやすくなっている。新線には16両の列車が配置される。新線路は時速120km走行が可能で金州九里から開発区を経由して大連駅まで乗り換えなしで行くことができる。目下大連市のこのような軌道建設の総建設距離は88kmに達し、国内ではトップクラスである。
3ヶ月間の試運転調整期間に、空車を走らせて、線路を押し固める。
昨日の試運転開通式では、九里駅前広場に近くのたくさんの住民が早くから集まり、一人ひとりが興奮と喜びを表していた。
「もうすぐ快軌が家の前を通る、その後は、大連市内がとても近く便利になる」
大連軌道交通体計画図の前で、これを見ながら周さんが語った。
「開通後は、金州進出はとても軽快になるし、将来計画軌道7線がすべて完成したら、大連市民はどこに行くにも便利になる」
作業関係者の説明によれば、試運転の成功は、線路の基本性能が問題ないことを示しており、今後更に、レール系統、信号系統、通信系系統、電力系統、自動販売機系統などの調整を行う。加えて、3ヶ月の間、一定の速度で問題がないように、地なしローラーが地面を固めるようにレールや枕木、敷石、などを確実にし、3ヵ月後に営業運転を行う段階となる。
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秋葉原で冷酷な通り魔事件が発生して、7人が死亡し11人が重軽傷を負わされた。殺された人の遺族、特に人生これからという大学生の息子や娘を刺し殺された親の悲しみや苦しみ、悔しさは想像を絶するものがあるのは、なに人も異論はないだろう。
この親たちが、テレビ取材のインタビューに答えて
「何の罪もない息子を殺されて、憤りが収まりません。二度とこのようなことが起きないように、願って止みません」とか
「娘を返してください、犯人を極刑にして欲しい」などと、
発言内容は過激だが、時々言葉に詰まりながらも冷静に対応している姿が報道されていた。
また、不幸にも、一昨日には岩手・宮城内陸地震が発生し、現時点で9人が死亡し11人が行方不明、また多くの被災者が避難所暮らしを強いられているが、彼らへのインタビューでも
「預金通帳も免許証も全て失いました、これからどうするか考えます」
と、気持ちの不安とは別に、極めて冷静な対応をされていた方がいた。
日本では、犯罪被害者の遺族でも、災害の被害者本人でも大概このような冷静な言葉の対応をする。(そういう人を選んでいるのかもしれないが)
つまり、全国に放送されるテレビ画面では、冷静な応答をするのが立派な態度だと考えられているからだろう。
これに対して、中国の被害者の対応はまったく異なるような気がする。もちろん個人個人によって差はあるのだが、一般に感情に任せて泣きじゃくるパターンが目立つ。マイクを向けられても、言葉を話すことなく、ただ泣きわめくだけ
「ウァ〜ン、ウワァ〜ン、息子が帰ってこなぁ〜い、息子ぉ、息子ぉ!!」
「おっかぁ〜、おっかぁ〜、どこにいるんだよぉ、おっかぁ〜」
というようなパターンだ。
事件や事故の直後なら理解もできようが、数日経って葬式の日のインタビューでも同様に泣き叫ぶのが普通だ。
日本では、公衆の面前で感情に流されて泣きわめくのは、自己抑制ができない未熟な人間だと思われるが、どうやら中国にはそういう考えはないようだ。むしろ逆に、家族を失った悲しみを表現することで追悼の意を示しているのかもしれないし、母親を亡くしたのに冷静にインタビューに応じるなんて、母親への想いが薄い冷徹な奴だと思われるのかもしれない。
オレは直面したことはないので真偽のほどは明らかではないが、中国には「泣き女」という仕事があって、葬式に雇われて葬式の間中声を上げて泣いていると言う。本当にあるとすれば、これも故人を慈しむ気持ちの表現なのだろう。
「水滸伝」という有名な物語を映像化した中国のテレビドラマがあるが、その中で、2丁マサカリを振り回す暴れん坊の「鉄牛」が、病気で母を喪ったときに大声を張り上げて泣いていたシーンにオレは違和感を感じたものだ。次々に友人たちが慰めるのだが、「鉄牛」は言葉を返すこともなくただ泣き叫んでいるだけだ。ドラマの中では、そういう演技で母親への想いを表現したのだろうし、そういう表現を受け止めるのが中国人の感性なのだろうか。
ま、「鉄牛」は、物語の中でも教育を受けていない荒くれ者という設定なのでそれなりの表現なのだろうが、同じ「水滸伝」の中でも武芸師範の「林沖」は、たとえ騙されても泣き喚いたりはしない。心の中に悔しさを溜めながらも、あからさまに表情に出すことなく、じっと耐えながら次のチャンスを待つ。これが精神修行の表れだろうし、教育による自己抑制力の一つの表現だと思う。
テレビのニュース報道では、韓国でも泣き叫ぶパターンを見かけるが、欧米のニュースでは、日本と同じように淡々と怒りや悲しみを訴えているシーンが多いようだ。
こんなことで、どちらが良いとか悪いとかの話にはならないが、個人的に好き嫌いが生じるのは仕方がないことだ。
オレ的には、自己の感情を理性で抑えて、冷静な態度で言うべきことは言い、言葉で感情を表現する方が人間性あふれると思うし、教育程度が高いと感じる。
自然界で長期間、腐敗も分解もしないプラスチックによる環境汚染を中国では「白色汚染」と呼んでおり、国家として対策検討を進めている。
環境汚染とエコ対策として、中国では、6月1日から、全ての商店やスーパーでレジ袋を無料で配布することが禁止され、有料化となった。レジ袋提供の際は、商品代金に埋没させることなく、1枚1元とか、0.5元とか明確に袋料金として請求しなければならない。
また、厚さが25ミクロン(0.025ミリ)未満のペラペラのポリ袋は製造禁止となった。厚みがあり、しっかりした袋なら、再利用もできるが、薄っぺらいヘナヘナのポリ袋はすぐに破れるので直ちにごみになると言うわけだ。
中国で1日に消費されるポリ袋は30億枚との報道もあった。(全人口13億人が1日2枚以上使っていることになるが、ちょっと多すぎないか?)
さすがは中国、共産党中央政府の威光で、やるときにはスパッとやる。国民にも概ね歓迎されているようだ。
オレは、大連にいたときから、折りたたみの小さな布袋を携帯しており、コンビニで買い物をしても「袋は要らない」と言って、怪訝そうな顔をされていた口なので、この決定には大賛成だ。
これに対して日本では、一部の地方自治体が業界団体と協議して有料化を定めているところもあるが国としての規定はまだない。 この辺の状況は、2008年4月の
環境省発表の調査報告に詳しく書かれている。レジ袋を有料化した自治体の調査によると、有料化前のマイバッグ持参率は20〜30%程度だったのが、有料化後は軒並み80%を越える改善が認められている。
ただ、レジ袋の有料化を法的に義務付けると、憲法上認められている「営業の自由」の侵害にあたる恐れがあり、業界団体との調整中だ。 中国と違って、日本では民主主義のルール則ってめんどくさい手続きが必要だが、いずれ同様の規定がなされることを願う。
中国の国の規程はともかく、大連での様子はどうかと、ネットを眺めていたらこんな記事があったので概要を紹介しよう。 市政府を挙げてレジ袋削減キャンペーンをやっているようなので、レジ袋は削減されることだろう。それにしても、相変わらずスローガンが好きな人たちだなぁ。
【出典】http://news.sina.com.cn/c/2008-05-29/232215645447.shtml
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半島晨報 6月1日 「プラスチック制限令」が正式に施行される。すべてのスーパーマーケット、商店、自由市場などの商品の小売りの場所ではポリ袋を有償支給を実施する。昨日の午前中、全国で同時に行われた家庭と地域コミュニティによる「プラスチック拒否行動」の10都市の1つとして、大連市の婦人連合会、大連新聞社は大連熟食品交易中心で、大連市家庭、地域コミュニテと共同主催して「ポリ袋を拒絶して布袋を使う」のスローガン活動を提示して、砂河口区の家庭、熟食品交易中心のテナント、大連海事大学の志願者など千人近い人が活動に参加した。
去年9月、市の婦人連合会、大連新聞社、大連熟食品交易中心は共同で「百万家庭節約と環境保護活動」をスタートさせて、全市の女性と家庭にポリ袋に別れを告げるように呼びかけて、多くの市民と家庭に無料で、1万枚の布袋を配布したことにより、全市で布袋のブームが起こった。
今年、市の婦人連合会は、再び「自分の布袋を自分で使う」キャンペーンを展開して、広場、幼稚園、大学キャンパスに入って、環境保護の理念を提唱して、積極的に応答する人たちに広範な関心を広げた。市長である夏徳仁はこの活動を強く支持して、そして重要なコメントを語った
「省エネとエコロジーは、市政府から一般家庭に至るまで市全体の共通任務です。市の婦人連合会の活動は大変すばらしいことです。 多くの女性と家庭が積極的に省エネ活動に参加することは、市全般の環境保護意識を強めることに利益があり、省エネの観念を発揚していきます。そして、身の回りの小さな事から始めて、一歩一歩ずつ、共に節約型と環境保護型都市を建設していきます」
熟食品交易中心の社長の劉旭波はかつて一つの収支計算をして、そこで得た数字に驚愕した:
熟食品交易中心で毎年使うポリ袋の数は2190万枚に達して、仮に1枚5グラムと計算するならば、百数十トンに達して、もし飛行機からこれらのポリ袋を撒いたら、大連市全体を覆いつくすと。
昨日の活動の中で、大連市の「緑色の家庭」の代表の趙淑はもっぱら《環境保護の精神により、袋から袋へと伝える》の提案をし、全市の家庭に「ポリ袋を拒絶し布袋を使う」を呼びかけ、大きな「緑」の字を協力して書いて、共に緑色の文明、調和がとれていて美しい幸せな郷里を創造ようと。大連熟食品交易中心の社長の劉旭波はまた、《企業は率先してポリ袋を拒絶しよう》と提唱し、市全体の大きいデパート、スーパーマーケット、自由市場、取引センターに対して、意識的に環境保護と生態を守ることの責任と義務を感じ、更にいっそう環境保護意識を強めて、自ら管理を強化して、「白色汚染」との戦いを管理する中で、率先して主役を演じようと呼びかけた。
活動に参加した家庭の代表、熟食品交易中心のたくさんのテナント、大連海事大学の大学生の志願者が次から次へと「ポリ袋を拒絶して布袋を使う」のポスターの上に署名をして、環境保護の精神により、袋から袋へと伝えることを、先ず自分自身から始め、家庭から始めることの必要性を示した。大連熟食品交易中心の現場では今回の活動のために統一デザインで作った1万枚の環境保護ショッピング袋を支給した。
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火事場泥棒と言う言葉がある。
火事場泥棒とは、火事のどさくさにまぎれて人様の財産をかすめ取ろうという不逞の輩のことだが、四川大地震では、火事場泥棒ならぬ、地震泥棒とでも言うべきか、この手の不埒者が暗躍しているようだ。
手口は、
・文字通り現場をウロウロして金目のものを拾い集める原始的なヤツから、
・物品や食品の高値転売・売り抜け(需要と供給のバランスによる資本主義の原理と言えばそれまでだが、一応ここは共産主義のはずだが)、
・地元役人による配給物品の横流し、横領、
・果てはオレオレ詐欺までと幅広い。
オレオレ詐欺は、
振込め詐欺メールの記事に書いたのと同じ手口で
「お父ちゃん、お母ちゃん、大地震の後の大きな余震で慌てて、財布も携帯も無くなっちゃったの。私のトモダチの陳雪さんの口座(622345xxxxx)に2000元送ってね。急いで!!」と言うような文面で、自分の名は名乗らないメールだ。これが結構商売になっているようで、被害事件がニュースとして取り上げられている。
この記事を書こうとしたときに、「民度」と言う単語を思いついた。
ちょっと調べてみたら、「民度」は、
「民度が低い」と言う使い方が一般的で
「民度が高い」とは使わないと言うのだ。言われてみればその通りで、
「××国は民度が高い」のような使い方はあまりせず、
「△△国は民度が低い」のように使うことが多い。
もっと言えば、「民度」とは、自分を棚に上げた連中が、他国を非難するときに使う差別用語だと言い切っているサイトがあった。
さて、「民度」議論はちょっと置いといて、阪神大震災のときにこのような犯罪行為があったのだろうか?
記憶がないのだが、オレが知らないだけなのだろうか?
中国の友人からメールが来た。
さる5月19日から21日までの3日間、中国は四川大地震の犠牲者を追悼するために喪に服する期間と定め、聖火リレーを中断し、娯楽関連の商売はすべて休業、募金活動も盛んに行われた。中国国民はこんな風にに一致団結することができるすばらしい国民性だ、
と自画自賛していた。確かにこの3日間はヤフーチャイナや百度の検索サイトでは、通常のカラー画面を白黒にして、弔意を表していた。
政府の方針には逆らえない国民性だと思うのだが、これを一致団結と言うのだろうか?
また、公にはこのように被災地復興に向けて動きを越している中国だが、個人個人となるとどうも信用できない。
募金活動は、災害のときに最初に起こる救済活動だ。だけど、我々が支援した物品が本当に被災者に渡るのか?
どうしても信じられない。現実に支援物資を横流ししようとした役人が多数罷免されたとのニュースが日本でも伝えられている。当局による見せしめの一環かもしれないが、そういう犯罪連中をトラックの荷台に乗せてさらし者にしていた。こんな状態で、募金活動などする気にならない。
実は、オレは中国滞在中に、ある小学校に毎月寄付金を送り続け、帰国の際にはその小学校にピアノを寄贈したのだが、全部、直接自分が見えるようにやった。わけの分からない慈善団体に寄付をしても途中で横領され、一部しか子供たちの手に渡らないことを懸念したからだ。その小学校の校長と面談して、毎月援助した子供の顔写真と経歴書を送ることを条件に寄付を続けた。帰国直前には最後の記念としてのピアノは自分で現物を届けた。
四川大地震復興に対して、日本の大手企業の中でも中国に関連している会社は、次々に支援金額を発表しており、オレが所属している日本本社も赤十字社を通して数百万円の募金を表明しているのだが、ちゃんと被災者に届くのか心配だ。
募金ひとつをとって、こんな心配をしなければならない自分が悲しい。
だけど、中国に馴染んで5年以上いたら、誰でも心配することだと思う。
通勤時間が長くて毎日の自由時間が短くなったことは、以前にも書いたことだが、出張があったり、付き合いの飲み会が増えたり、関心事項が広がったりと、中国単身赴任時代とは生活パターンが変わってしまい、ブログを書く時間が減ったことにより、更新頻度が下がってしまった。言い訳!!
文化の違いによるリスク
文化とは何か?とまじめに考えてみると、衣・食・住の基本につながるものから、生活習慣・芸能・絵画。文字、さらには言語・宗教・政治と、その国や地域の全てを含んでいるものだと思う。これを論じても発散してしまうので、ここでは比較的狭い意味の文化、つまり習慣や風習に限定することにする。
中国人の思考パターンには、状況に応じた敵と味方という区別があるような気がしてならない。
敵と味方というのはきつすぎるかもしれないが、身内と他人との区別と言うか。
たとえば、家族と親戚、親族(血縁)と他人(無血縁)、友達と他人、社内と社外、地域内と地域外、南部と北部、中国と外国、こんな区別は日本だってあるだろうと言われるが、その線引きがはっきりしていると言うか、、、、。
どう表現したら理解してもらえるだろうか?
たとえば、誰しも自分の子が一番可愛いに決まっているのだから、他人の子供よりも優遇するのが当然なのだ。 もっと具体的な例で言えば、幼稚園のお遊戯発表会があるとすると賄賂を使ってでも我が子を主役に選ばせようとする。 最近は、さすがに露骨な賄賂は少なくなっているようだが、寄付金を弾み、主役のソロをやらせろと迫る親は多い。それが子供のためだから、子供を愛している証だから。
今の日本では、公共の場においては、自分の子供でもよその子供でも公平に扱うのが当たり前の考え方だと思うが、中国では違うのだ。
身内を大事にすると言うことだが、悪い表現をすれば身贔屓が強いのだ。身内を大事にすると言うことは他人を排除することに直結している、だから、敵味方の線引きと言う表現を使ったのだが。
自分の子供ともなればどんな場面でも身内だが、中間に位置する人は、場面場面に応じて、敵になったり味方になったり立場が変わることになる。
このような関係の中で血縁関係にはなれないが、それに近いのが「朋友(友達)」の関係だ。「朋友!」として握手すれば、かなり身内に近い関係であり、相当に面倒を見てくれる間柄である。これが、また、日本人には分かりにくいのだ。 朋友関係がもっと進んで義兄弟と呼び合うこともある。
中国では、兄弟、姉妹と呼び合う範囲がかなり広い。親しい間柄の従兄弟なんかは、大概お兄ちゃんやお姉ちゃんと呼び、平然と妹ですと紹介する。 このノリで、親しい朋友の間柄では、兄弟と呼び合うことも珍しくない。
日本人が酒の上のノリで「トモダ〜チ」なんて軽く握手をするが、中国人の「朋友」はそれよりももっと重い関係だ。 友人の紹介で酒の席で意気投合して「朋友!」の握手をしたら、身内同然の扱いをしてくれる。極端な場合は、朋友を接待するのに金が足りなければ借金をしてでもご馳走してあげることさえある。
朋友関係に欠かせないのが「酒」だな。
何しろ、乾杯をしないことには友達になれない、友達になれなければ、まともな付き合いができないと言う思想が根底にあるから、乾杯なしで仕事をしようとしてもなかなか難しい。
何がリスクだか分からない乱雑な文章になってしまった。
精神安定上のリスク。
言葉の通じない異国に一人で放り出されて、精神的に参ってしまい、精神状態が不安定になってからの最も悲惨な結末は自殺だろう。
中国で医療援助サービス事業をしている、
ウェルビーと言う会社があり、毎年、重大医療対応ケースの報告書を送ってくれる。
毎年のレポートを見ると、必ず数名の自殺者数が報告されている。
わざわざ中国まで来て自殺することはあるまいに!と思えるのは、精神が健全だからこそ。なんだろうな。
日本にいても自殺する人はいる、しかも最近増えているらしいし、硫化水素自殺などと言う迷惑な方法が流行って他人を巻き込んでいるのは困ったものだが、外国で自殺しようとするのは、もっと刹那的ではないだろうか?
本社からは、指示した事項がうまく行かないのは、あんたの管理能力に問題があるからだと責め立てられるが、中国特有の事情を考慮してくれないと思いつつも、反論できるほど論理展開が整理されているわけもなく、ただ、首を垂れて叱りの言葉が頭上を通り過ぎていくのを待つだけでは、精神状態もおかしくなろうと言うものだ。
言葉は通じない、仕事はうまくいかない、遊び相手もいない、本社からはうるさく言ってくる、どうしたら良いか分からない→→→追い詰められて→→→論理思考の破滅、死ぬしかないという結論になるのが典型的な例だろう。
同じ環境でも気が変になる人と、辛いながらも凌げる人と、さらりと流せる人と、いろいろだが、日本にいるときよりもリスクが高いことは間違いない。
幸い、オレは、感受性が鈍くさらりと流せるタイプに近いのかと思うし、週末には必ず付き合ってくれるテニス仲間がいたし、毎晩ビールを7本も飲んで憂さを晴らす技も使って、ストレスを抜いていたので、自殺には追い込まれず6年間を無事に過ごしてきたが、こういう技が使えない人は大変だと思う。
ま、とにかく、無難に6年間を過ごし、生きて帰ってきたことで安堵。
言葉によるリスク。
言葉が通じない空間にポッ!と一人で放り出されたらどうして良いか分からない。
そういうリスクも確実にある。
アジア系の顔で、外見的には、日本人と変わらない人たちに囲まれ、似たような漢字が使われる生活環境だが、考え方も文化も全く違うのが中国だ。
中国に来て、否応なしに感じるのは、言葉が違うことだ。
当たり前だけど、中国語だから、日本語は全く通じない。
サラリーマンで派遣されてくる日本人の場合は、通訳がいる外国人専用居住空間に住むのが一般的だ。たとえば、ホテルのアパートメントとか、開発区ならアカシア別荘とか、市内なら付家庄国際村など。
通訳が付いているから基本的な生活については面倒を見てくれるから問題ないし、会社には通訳がいるから問題ないだろう、と思う。
何事も起こらない平和なときなら、全く問題ないが、問題が露呈するのは、トラブルに遭遇したときだ。
トラブルにあったときに、助けを求めようにも、言葉が通じなければ、どうしようもない。
援助を求めなければ、何もしてくれないのは中国では当たり前だ。暴漢に背中を刺された女性が、言葉が通じないために周囲の中国人に助けを求められず、血を流しながら知人の家まで辿り着き、病院に運んでもらったという事件があった。
病気や怪我をして医師の診察を受けるときの言葉の障害も大きい。
お腹が痛いにしても、いつから痛いのか、ずっと痛いのか、時々痛むのか、ずし〜んと痛いのか、キリキリと刺すように痛いのか、お腹の中が痛いのか、表面が痛いのか、ひりひりするのか、などなど微妙な表現ができない。 逆に歯医者から何か問われたときに、訳も分からず「OK」なんて言っていると、いきなり歯を抜かれたりすることがあるかもしれない。
先日、帰任後健康診断というのを受けた。
胃のレントゲン写真を撮るときに
「バリウムを二口だけ飲んで、残りは手に持って、ゲップを我慢して」
「さぁ、今、一気に全部飲んで」
「左にゆっくり2回廻って、そこで止める」
「大きく息を吸って、そのまま右にちょっと傾けて、息を吐いて止める」
「ゲップを出して良いですよ」
こんなことを、指示されて、胃のレントゲン撮影をしたが、中国語でやられたら、微妙な表現が理解できない。最初にバリウムを全部飲んで怒られているに違いない。
一般生活では、普通に映画を見ようと思ってもまず無理だ。映画は、中国語に吹きかえられていることが多い。ハリウッドの人気映画などは日本と然程変わらない時期に上映されるが、日本語字幕で楽しむことはできない。(後日海賊版DVDが出るまで待つことになる)
これ自体は、リスクとは言えないが、ストレスの原因となり、二次的な障害を起こすかもしれない。
会社には通訳がいるから大丈夫と思っていたら、たった一人の通訳が辞めてしまったとしたらどうする? 大連事情に慣れていれば、日本語が通じる人材紹介会社に依頼して新しい通訳を採用することもできるが、状況がつかめないとどうして良いか分からない。
外見的には、日本人も中国人もはっきりとは分からないから、街を歩いているときに、道を聞かれたり、何か尋ねられたりすることがある。道を聞かれたことが分かれば、「我不知道(分かりません)」と答えればトラブルにはならないが、そうじゃない場合には、どう対応したらよいのか分からない。オレの経験では、物売りがいたし、物乞いもいた。笑顔で近づいて来て何かを言われたが、全く分からないこともあった。変な対応をしてトラブルを発生することにもなりかねない。言葉が通じない国で生活することは、それ自体リスクを含んでいることを理解しておかなければならない。
例え、親日的で、日本語が通じやすい大連と言えども、言葉が通じないリスクがある。 幸い、オレの6年間では、言葉が通じない不便さはたくさんあったが、言葉由来で危険な目にあったことはないのはラッキーだった。
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