大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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人為的障害者って意味分かる?

大連開発区にも物乞いがいる。
(テーマがテーマだけに、今日は写真は無しです)

膝から下の足が無いおばあさん、いつも汚いガウンを被ったおじいさんなど、開発区の物乞いは、見慣れた顔ぶれだ。
オレは、金をやったことは無い。
空缶を持って小銭をせがんでいるのを見ても「今日もまたやってるな」と、横を通り過ぎるだけだ。
ところが、普段見かけない物乞いが現れることがある。

「親の因果が子に報い、可愛そうなのはこの子、生まれたときから首の長さは1メートルもある、ろくろっ首とは、この子の事だ。さぁ、お代は見てのお帰りだ。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」
なんて、お祭りになると、見世物小屋が立ったものだが、大体こういうものはインチキで、口裂け女なんかは化粧でごまかすし、「大イタチ」なんてのは、大きな板に血が一滴てなもんだ。

ある日、開発区では、小屋を建てることも無く、人々が群がって何かを見ている。

のぞき込んで見ると、中にいたのは、兄弟と思しき二人の男の子なのだが、一人の手足が有り得ない方向に折れ曲がっていて、立つ事が出来ず、地面の上に敷いたゴザ(シート)の上をパンツ一丁で這い回っている。この文章では恐らく想像できないだろうが、丁寧に描写すると、それこそ気分が悪くなってしまうので、この程度に留めておくことにするが、ともかく異様な光景で、「すごいものを見てしまった」というのが、率直な感想だった。

「恐らく先天的障害なのだろう、可愛そうに」と思って、空缶に銭を投げ入れる人がちらほら現れる。
オレも、「広い中国だから、色々な障害があるんだなぁ」と漠然と思っていた。一方で、「あの身体で、どうやってここまで来たのだろうか?」などとも考えていた。

2週間ほどしたら、彼らがいなくなった、どこに行ったんだろう?

このまま彼らのことは、忘れていたのだが、ある日、らんさんの中華的生活多少銭を読んで衝撃を受けた。また、別のニュースソースでも、人為的な障害の話を見つけ、なるほどと思ったものだ。同じような障害者が、広州でも瀋陽でも目撃されているという。

つまり、あの見世物の障害者は先天的障害ではなく、ある組織によって見世物用に作られた人為的な障害者だというのである。
それなら、この場所に移動できた(運ばれた)ことも2週間でいなくなったことも納得できる。一般大衆の「驚き」「優しさ」の心の隙に付け込んだ商売なので、同じ所に長居しても、効果が薄れ、収益性は悪くなる。

大連開発区で2週間の「公演」を終えたら、また別の街に移り一稼ぎするって訳だ。恐らく「公演」で集めた収益金は組織が取り上げてしまい、彼らには、僅かな「餌」(*1)を与えるだけで、猿回しの猿と同じ扱いをされているに違いない。いや、それ以下かも知れない。

未だに、山間部では、人身売買が行われていると噂されている。売買された瞬間から、彼らは「人権」を失い、モノに成り下がってしまう。買い取った組織が、モノをどのように捻じ曲げようと、生かそうが殺そうが勝手だと言うのだ。我々には想像も出来ない悲惨な世界が存在することも中国の現実のようだ。

*1)本当は「食事」と書くべきですが、悲惨さを強く伝えたいので、わざと「餌」と表現をしました。差別的な意図はありませんが、不快だったらごめんなさい。

コメント

私も中国に来てまだ1週間も立たない時に大連大学の近くに有る晆水寺という所の山開き(?)に行った時に遭遇しました。
その日は年に一度お堂が開放される日で数万人の人出。数キロの沿道に露天が立ち並んでいるのですがおびただしい人の群れの中に、無残な姿の目を覆いたくなるような物乞いの姿を見てものすごい衝撃を受けました。それは見るに耐えれない光景でした。全身火傷で板の上に乗せられ引きずられている男性や、足も手も無い姿で炎天下を、横に缶を置き、上を見て寝ている姿。沿道のあちらこちらでいろんな形の物乞いに遭遇して・・・あ~何と言う悲惨さ・・目を背けても残像が残ります。よく考えると、どうして足も手も無い、数十センチ動くのに大儀なこの人たちが遠い今日の祭りに全員移動できたんだろう?どう考えても組織的なものなんですよね・・そう思うと尚更辛く、悲しい現実を見た気がします。底辺を許している中国の現実を目の前にして、なんだか普通に生きていることがとても罪のように思えた瞬間です。現実にその人たちが存在するのは確かで、なんだか考えるたびになんとも表現しがたい、気持ちです。言葉では表現できない気持ちですよね・・これは。同じ人間と生まれてきて、こんな人生(果たして人生なのだろうか?)も有るのかと思うと胸が痛くなり涙がでます。だからと言って無論何も出来ず、考える(思い出す)事でさえ苦痛なのが現実です。人間としての扱いをおそらく受けていないであろう彼らに少しでも幸有れとどうやって願う事が出来るでしょう。開発区で出会っても、単にかわいそうとかではなく心重い存在です。考えてもしょうがないですが存在を知った事と考えたくない事にジレンマが有りますよね。あ~あ・・ため息。

  • 2005/08/15(月) 11:00:19 |
  • URL |
  • mikihiromm #v7EhPhU2
  • [ 編集]

パリでも…

中国ではなく、旅行先のパリのモンマルトルで同じような光景を目にしました。女性なのですが丸坊主で顔にひどい火傷の跡、道路に這いつくばって、紙コップを片手に物乞いしているのです。恐ろしくて見ていられませんでした。しかし、その後、地下鉄でパリの中心街へ移動すると、まったく同じ女性がデパートの前で物乞いしているのです。一緒に地下鉄に乗ってきたとは考えられません。それで気付きました。あれはメイクで、そうした集団がいるのだ、と。他にも片足のない軍人風の男性など、多くを目にしました。聞くところによると、それも故意の傷であり、寄付はマフィアの資金源などになっているようです。とても気の毒で心が痛むのですが、お金を渡せば、そうした行為が助長されるかもしれない。苦しい現実ですね。

  • 2005/08/15(月) 22:13:10 |
  • URL |
  • lulu #-
  • [ 編集]

物乞いがいるだけでも、って。

>luluさん、コメントありがとうございます。
konanさんと仲良くやってますか?ブログにいろいろ書けるってことは、平穏な証拠だと思います。

パリのモンマルトルでそんな経験があったのですか?メイクなら、それもパリの芸術の一つとして笑えますが、中国の犠牲者達は、冗談でも笑えません。
無くなった足、逆方向に曲がった膝、捻じ曲がった肘など、どれをとってもメイクやマジックでは説明できない悲惨な光景です。長く見ていると震えが来ます。

でも、戦火の中にあるイラクなどでは、身体障害者はそこら中にいるので当たり前で、物乞いなんか無視されてしまうのでしょう。物乞いが、物乞いとして存在し得ることが、最低限の平和なのかもしれません。

もし日本だったらと考えると、きっと、何らかの施設が受け入れてくれると思います。(希望的観測ですが)

早く、こういう現実が無くなることを切望します。

  • 2005/08/15(月) 22:50:07 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
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