大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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目前に迫った責任感と倫理性

今日のテーマに対して、多くの人は、信じられない、勝手な作り話だろうと思うかも知れないが、長く中国で働いていると、似たような場面に遭遇して、面食らった管理者は少なくないはずだ。

先に分かりやすい例を上げれば、電器や機械の修理のやり方だ。
指摘されたところを、チョイチョイといじって「好了!(直ったよ)」とすました顔をするが、またすぐに別のところが壊れたりする。
要するに、目先のことだけ処理すれば、後のことは知らないと言うことだ。
日本の技術者なら、「ついでに、裏側も点検しといたから、1年間は大丈夫ですよ」とか言ってくれるところだろう。

ちょっとややこしいが、次のような事例を紹介しよう。
以下は全て、オレの創作で、実在の会社や組織とは関係が無い。環境管理局と言う役所も創造なので、実在するのかどうかも分からないし、仮に同名の役所があったとしても関係ない。

A社の製品で「ヨスパ10」「ヨスパ12」がある。これは、環境管理局の管理物品として、生産量と出荷量を報告する必要がある。

営業部長が、女子事務員、李華さん「ヨスパ10」を700kg出荷するように指示を出した。と同時に、工場に在庫数量を確認して、「ヨスパ10」を準備させた。製品は、すでに工場の出荷製品置き場に積まれていて、運送屋のトラックが横付けして積み込む用意が出来ている。李華さんが出荷伝票をインプットすれば、直ちに積み込んで出発する状態になっている。

李華さんが出荷伝票をインプットしようとしたら、「ヨスパ10」は、在庫が300kgしか記載されていないので、コンピュータが受け付けない。
実は、A社が生産した「ヨスパxx」は、生産後、環境管理局の承認を得てからでないと、製品受払台帳にインプットされないので、製品が実際に完成していても、記帳されていないことがあるのだ。勿論、製品受払台帳に在庫が無いものを出荷することは出来ない。

「700kg出荷する為には、400kg足りない。どうしよう。」
悩みながら、李華さんが、パソコン画面の製品受払台帳を眺めていると似たような製品「ヨスパ12」が800kgあるのを見つけて、これを利用すれば良いと思いついた。
出荷伝票には、「ヨスパ10×300kg」、「ヨスパ12×400kg」とインプットして、運送屋に渡してしまった。

後日、先方から、「ヨスパ10」を700kg注文したのに、どうして「ヨスパ12」が混入しているのかと問い合わせが来たが、現物は全て「ヨスパ10」であることを説明して納得してもらった。
しかし、その後、環境管理局の承認を得た後で製品受払台帳に「ヨスパ10」がインプットされ、結果的に、在庫現物の量と製品受払台帳の記録が食い違っている問題を残したままだ。 

こんなときに、日本の女性事務員が李華さんの立場だったらどうするか?
恐らく、99.9%の人は、

「営業部長、ヨスパ10は、環境管理局の承認が無いので、まだ出荷できません」
と進言することだろう。ここでは、法を守ると言う倫理性が、営業部長の指示よりも優先されると判断したはずだ。
特に、昨今のコンプライアンス(法律遵守)の流れから言えば、間違いなくそうしたはずだ。

しかし、中国人の李華さんは、違う判断をした。
・営業部長の指示は、「ヨスパ10」を700kg出荷しろ、
・品物はすでに準備されて、運送屋が待っている、
・私の仕事は、出荷伝票をインプットして出荷させることだ
   (出荷できないと大変なことになる、私の責任だ)
ヨスパ12なら在庫がある
⇒となれば、結論は一つ。ヨスパ12をインプットするしかない!

ここで李華さんの頭の中での重要性判断は、出荷の責任感(使命感)が法的な倫理性よりも優先されてしまったのだ。恐らく、とっさの場合、中国人の半数近くの人は、このような判断をすると思う。
まじめな人ほど、そういう傾向が強い。

日本でこれを読んでいる人には、信じ難いことだと思うだろう。
アリエネェー!って。
だけど、ここは中国だ。
こういう判断する人が少なからずいるのだ。

この後、「ヨスパ12」400kgを「ヨスパ10」だと偽って出荷しなければならないことになる、なんて事態には、考えが及ばないようだ。

目の前の責任感が、倫理性(遵法性)より強いのだ。
いや、責任感と言うよりも、危機回避行動という概念の方がピッタリするかもしれない。
製品は積み上げられているし、運送屋も来ている、
「さぁ、出荷伝票を早く出せ!」
と追い詰められた心理状態だったとしたら。
危機をうまく回避できないヤツは、即刻殺されるのが、中国4000年の歴史だから、いかなる手段を使ってでも目前の危機を回避するという、中華民族の思考が刷り込まれたDNAからは、この方法しか思いつかないのだろう。当面の危機を乗り越えられなければ、次のチャンスはない。
後のことはことは後から考えればよいし、うまく言い訳をすれば良い

後日、在庫数不一致の問題が具体化してから、どうするんだと迫ると、言い訳のオンパレードだ。
・客先に無事届いたのだから、私は責任を果たした
・あの時はそうするしかなかったんだ
・誰だってそうしたはずだ
・営業部長の指示が間違っていたのだから営業部長が悪い
・私には、営業部長を諌める権限がない


彼女の出荷業務の本当の役割は何かを諭して、罪は問わないと言うと、やっと、
・自分の判断が間違っていたと反省する。

どうしたら良いのだろうか? 

教育の問題か? 

国民性としてあきらめるか?

それでは会社が成り立たない、繰り返し繰り返し、教え諭すしかない。
そうして育った社員は、会社にとって財産になるはずだ。

毎日書いているブログネタだが、日によって力の入り方が違う。
写真一枚で軽く流す日もあれば、日中の文化の差を知って欲しくて、力を込めて書く日もある。今日の題材は、結構まじめに書いた記事だが、中国人と接したことがない日本人に、どこまで知らしめることが出来ただろうか?
恐らく、本一冊分の文章を書いても、本当のところは伝わらないのだろうな。

コメント

コメントありがとうございました。
以前、バイト先で中国人と仕事をしていたときのことを思いだして、笑ってしまいました。
やたらと手を抜くので、上の人が怒っていたのですが、彼らには彼らの考え方があるんですよね。
「当面の危機を乗り越えられなければ、次のチャンスはない。 」
すごく納得。
ただ、世界スタンダードで見たとき、日本式の
「私が謝れば向こうも謝るだろう」の考え方より、中国式のほうが通用しやすいように思えます。
そこのところ、わかっとんかい、政治家!と、日本に住んでいる日本人としては思うことが多々あります。
脈絡なくてすみません。
またお邪魔させてくださいね。


  • 2005/09/09(金) 09:37:19 |
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  • freeplanet #-
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なるほど中国で仕事をしていると

しばしば遭遇しそうな問題ですね。

これは煎じ詰めれば「法の重み」と「絶対性」に対する、人々の感覚の違いなのではないかという気がします。確かにでっつさんがおっしゃるように、日本では個人や企業の目先の都合より法律や制度が重視されますし、そうでない場合、それはすなわち「違法」、「違反」としてペナルティが課せられることになり、それを犯して目先の利益を追求しようとすることには、極めて大きなリスクが伴うので、敢えてそれをやろうとする者は少ないわけです。
ところが中国ではどうでしょうか? 例えば税金という問題をとれば、実際に大企業から個人に至るまで故意の申告漏れをやって、多少の「脱税」をやることが当たり前のようになっている。原因としては制度の不備や税務署職員数の絶対数の不足、情実の入る隙間があまりに多い等々の問題があるわけですが、以前に聞いた話でこんなのがありました。現在の税務署職員の人数を単純に倍にしただけで、増員分の人件費を払っても十分な税収増を期待できるというのです。そのぐらい脱税行為が多い、取り漏らしが多いということです。
また全体のモラルが低い基盤の上で、アローアンスの多い法律運用をするとどういうことになるか、というのが現在の中国の現状ではないでしょうか。

でも、このような情況は「4000年の歴史からもたらされた」ものだと大雑把に括ってしまうことはできないと思います。歴史的に見れば「法治」に関しては、「律令制度」などは中国が日本の手本だった時期も長かったわけで、世界的に見ても非常に完成した法律体系と運用が行われていたわけですからね。しかし、一方で中国の歴史というのは王朝の交替とそれに伴う戦乱の歴史でもあり、相対的に安定した時期には中央集権国家による強力な法治が行われるが、王朝の衰退と戦乱の時期には法体系は崩壊するというサイクルを反復してきたわけです。
特にこの百年ぐらいの時代の中では、革命と戦乱の時期が長く続き、立法や法治が徹底することはほとんど無かったと言って良く、そのような背景の下で人々にとって「法」は流転するもので、それほど重みのあるものではなく、ましてや規範に足るものものではない、という意識が刷り込まれて来たと言っていいでしょう。
例えば現在中国では「抗日戦争60周年」の歴史回顧というのがTVなどでも盛んに行われていますが、この抗日戦争の時期、中国にはいったい幾つの「政権」があったでしょうか? 東北では日本支配下の「満洲国」、またその他の地区での日本占領地域、国民党政権の支配地域、共産党の解放区が複雑に入り組み、戦争しながら、それぞれの支配地域でそれぞれの「法治」を行うという情況でした。支配者が変われば「法」も変わるわけで、そのような中で「法の重み」などあるはずもありませんでした。新中国以後を見ても、建国後の社会主義に基づく法律整備(これも細かく見れば相当複雑なプロセスだが)が完成したのは、50年代末期から60年代で、それも間もなく1966年から起こった「文化大革命」で破壊されてしまう。1978年からの改革開放では、新たに市場経済化に対応する法体系を作らなければなりませんでした。そのプロセスは80年代、90年代を通じて、やっと完成しつつあるわけですが、せいぜい10~15年ほどの期間でしかありません。そんな中で、政府や司法機関は法律の普及と執行の徹底をしようとしているわけですが、そう簡単なことではなく、現場ではあえて違法、違反行為をやろうというのでなくても、どうしてもその場での判断に頼ろうとする傾向が体質化しているわけです。これはもちろん良いことではないので、でっつっさんがおっしゃるように「繰り返し繰り返し、教え諭す」しかありません。

俺も中国と直接付き合うようになって20年ぐらいになりますが、その20年間の中国の変化は、傍目で見ていても非常に大きなものでした。ずっとその中にいる中国人にとっては、追いついていくだけでも大変な変化だったのだろうと思います。
よく日本人と中国人の「違い」とか「比較」を背景抜きで一知半解的にしゃべったり書いたりしている人間がいますが、俺はその類のものは信用しないし、書いてる人間も軽蔑します。これもまた人間の世界の話なら、そもそもそんなに大きな違いなんかあるはずはないんです。ただ背景の違いが人間の考え方に大きく影響することは確かですが、それだって絶対的なものではありません。環境しだいで人間はいくらでも変わるものです。その証拠に日本で5~10年ぐらい仕事をして帰ってきた中国人で、日本式の仕事の仕方(と言うよりは普遍性を持った合理性)にすっかり馴染んで、帰って来ると日本人管理者以上に拙速に日本式管理を持ち込もうとした人間を何人も知っています。

大坂

大坂人は、交通マナー、商店街の、道路の占拠、等、よく順法精神が薄い、云々と言われる事があります。
本音の大坂、たてまえ、の東京とも言われています。
しかし、新聞をにぎわす、各官庁との違法な利権構造、
談合、等の違法行為は、日本全国に蔓延しています。
はたして、日本人は、順法精神が高いのか、と疑念が生じます。此処に例として挙げられている問題の処置に関してなら、
もし私が李華さんと同じ状況なら、李華さんと、同じ事をしたと思います。理由は、自己責任云々ではなく、お得意に対して約束した事、又、会社の売り上げも考えての事です。(会社の規模、立場、法律違反に対する処罰の軽重、信用、緊急度、等を加味して判断しますが)
買い手のほうにしても、
”はい、商品はありますが、未検査で、数量を完全にそろえることが出来ません。では、大坂の場合、お前の会社は、役所と同じか?そんな悠長な商売できるとは、結構な会社ですな!!
未検査の商品は、不良品か?そうでないなら、検査済み、未検査は、出荷側の問題、すぐに商品をそろえろ!と言う事になると思います。
このような、大坂人気質、どの様にかんじられます。
大坂人は、程度の差はありますが、中国人に、近いのかも!!


  • 2005/09/09(金) 13:46:15 |
  • URL |
  • hm #-
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長文の解説をありがとう

>遼寧省営口市在住さん
文化大革命の時代と、天安門事件前後に、中国が大きく変わったと言う話は、在中国暦が長い人から聞いたことがあります。彼は、天安門事件のときに日本に戻らず、中国の会社で生産を続けたことで、中国人の信頼を得、多くの友人を作ったと言っていました。
一般の日本人は、(オレも含めて)この辺の実情は、ニュースの断片でしか知りません。
確かにこの数十年間の変化は、庶民にとっては、日々上ったり下ったりの感覚だったかもしれませんね。20歳以下の若者は、また違った感覚でしょうか。本質に迫っていくと難しいです。

ところで、日本で長年仕事をした中国人が、中国に戻ってから、どのように考えるのかは、大変興味があるテーマでした。日本にいる間は、日本流にやらないと弾かれてしまうので当然日本流の仕事振りでしょうが、中国に戻れば、もとの木阿弥かと思っていました。
そうですか?
日本式の管理を進めようとする中国人がいたのですか?ちょっと意外な感じがしました。と言うことは、大きな因子としては、やっぱり教育ですかね。
正直なところ、中国にいて、根本的に遵法の精神を教えるのは困難だと思っています。極端な話、オレの会社にいる間は、遵法精神でやれ、さもなくば罰金だ、みたいなやり方になってしまうかな?と。

  • 2005/09/09(金) 18:16:04 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
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なるほど、大阪では

>hmさん、
そうですか?大阪では、怒られちゃいますか?
日本でも、何十年も前から、コンプライアンスが叫ばれていたわけではありません。本格的に議論されるようになったのは、ここ5年以内のことです。

僅かな金額の補助金をごまかしたために、雪印食品は潰れてしまいました。今や、些細なことでもスキャンダルになると、会社の存亡に係わるので、遵法精神は会社運営の最重要テーマになっています。
この観点から、大阪人が違法でも出荷すると言う感覚は、やがて変わっていくものと思いますよ。客先からはお叱りを受けますが、会社が潰れるよりはマシだと判断するようになるでしょう。

企業としては、そういう事態にならないように、在庫を管理し、市場の読みを誤まらないことが重要です。最大限の努力をしても間に合わなかったら、そこまでの実力だったと自らを律せざるを得ないでしょう。日本では、企業が存続するためには、コンプライアンス第一であるべきだと思いますよ。談合も再三叩かれて、やがてなくなるでしょう。

以前は、警察署長には、盆暮れの付け届けが沢山届いたものだし、知り合いから依頼された軽微な交通違反はもみ消したりしていたらしいですが、現在では、そのようなことは到底出来ません。法を守らせるべき警察でさえこういう状態でしたから、一般社会では推して知るべしです。
中国では、交通違反で捕まったら、その場で知り合いの警察官に電話をして、捕まえた警察官と話してもらうのが賢明な対処法で、うまく話が通れば、無罪放免です。未だに役人への付け届けも当たり前です。

大阪人と中国人が似ていると言うのは、感じます。
(東京人との比較において)
まず、言葉の抑揚が似ていますね、しかも声がでかい。自己主張が強い、当然値引き交渉をする。

  • 2005/09/09(金) 20:46:38 |
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  • でっつ #m/aUcm4U
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今日は土曜日ですが

でっつさん、会社の方はお休みでしょうか?

総経理としてたくさんの中国人従業員を指導し、業務を進めていくというのは、いろいろな苦労に遭遇することだろうと拝察します。
前のコメントではずいぶん長々と書いてしまいましたが、特に最後の「日本式」を持ち込んだ中国人については、実は俺としてはあまり肯定的な意味で書いたものではないのです。多分、こういう人間って、結構あちこちにいるんじゃないでしょうか。アメリカ帰りで「アメリカ式」を持ち込んでる人間もいると思います。ただ、こういうのって往々にして、日本人やアメリカ人の管理者よりも拙速に事を運ぼうとして失敗している場合が多いようです。大体において若い連中が多いので、人生経験が足りず、やり方が全てにおいて杓子定規で説得力に欠けます。中国人は民族的なプライドが高いですから、やたらに「日本式」だの「アメリカ式」だのと、「舶来・直輸入」であることを強調すると、必ず反発します。それが同胞である人間の口から出るとなおさらで、外国人が言ったのよりも反発を買う場合が多いのです。大事なのは「何々式」であることではなく、いかに普遍性と合理性があるかをきちんと説明し、説得することでなければなりません。かれらのプライドを立てて、なおかつ新しい方法を確立するためには、「日系企業だから日本式」だというのではなく、独資であれ、合資であれ、中国で登記した中国企業なのだということを前提に、「われわれはここで新しい中国式を確立する」ということでなければならないのではないかと思います。事実、100%本国式の管理方式を強制して成功しているところは少ないでしょう。「入郷随俗」の部分は必ず無ければならないのだと思います。それを上手く接ぎ木し、自己の方法として確立した企業が成功しているのではないでしょうか。

私も感じます

遼寧省営口市在住さんが言われる、「環境しだいで人間はいくらでも変わるものです」という事。教育や背景がいかに深く浸透していても、環境で人は変わるものではないかと思っています。現実、日本に長年滞在していた人と接すると、やはり国内から出た事がない人の考えと少し違いますよね。
中国国内でも、意識は変えられると思うのですが、残念ながら適切な指導者が見当たらないようですね。
主人は国営企業に勤務しているので、話を聞いているとまるで中国社会の縮図を見ているようです。
臨機応変の利かない体制には、これで営利目的とする企業なのかと頭を傾げますが、それで成り立つんですよね・・・・不思議です。会社にとって財産になるような人材を育てるどころか出る釘は打ち、潰してしまう。若い人材を伸ばしきれない体制を変えないとこれから大変だと思うのです。もっと、しっかり若い人を伸ばしてあげる体制を作るべきだ!!と、私が傍で唱えてもどうにもならないのですけどね・・・・。(見てると言いたくもなります^^;)
考え方の差というより、社会の背景の差、つくづく感じます。

評価制度ですね

個人がどう判断するかって、結局は周囲がどう評価するかってことに帰るんじゃないでしょうか?
私の会社では、ある事件の後は、今後一切、どんな事情があろうとも、伝票内容と現物が食い違うような処理は、認めないと宣言しました。
例えその結果として、会社の売上げが下がろうと、会社にとって不利な情報が流れようと、絶対に伝票類のごまかしはするなと。
ただし、本当に困った事態になる前に、オレのところに相談に来い。会社の存亡に関わるなら、総経理が腹を括って、特別の判断をするかも知れないとも。そうなったら、最後だ。

アメリカ式、日本式などと言うつもりはなく、会社として不正を認めないということは、会社のルールとして徹底すれば、みんな分かってくれると思っています。(自己の蓄財の不正は、また別ですが!) それに対して、今までの中国企業では、伝票を偽ってでもその場を潜り抜けた人を評価する気運があったのだと思います。これくらいのことが処理できないのか!みたいな。

しかし、これで、人が変わるとは思えません。オレの会社で公正にしていた人が、国有会社に移ったら、今までと同じ事をやるしかないでしょう。

管理方法としては、給与差、休暇の与え方、褒め方、叱り方、昇給、昇格、職種、更には職場での人間関係(案外これが曲者)など非常に多くの項目がありますので、一律に日本方式でやろうとしたら、必ず失敗します。やはり、「郷に入りては郷に従え」、「When in Rome, so as the Romans do.」、 「入郷随俗」の考えでやらないとダメでしょう。その中に、如何に改善のエッセンスを入れていくかですね。「言うは易し、行なうは難し」です。3年経っても良く分かりません。

  • 2005/09/10(土) 12:12:42 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
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教育

でっつさん、有難うございます。企業のアイデンテイテイの変化が良くわかりました。時代遅れな事をいって、恥ずかしい限りです。
どうか、お仕事がんばって、従業員に良い教育をしてください。
韓国、台湾の高等教育を受けた、年寄りから、戦前の日本の、先生はすばらしかったと、よく聞きます。すばらしい教育は、その時理解できなくとも、後で、心に残るものだと思います。でっつさんも、中国人の心に残る人になってください。心より、ご健闘を祈ります。

  • 2005/09/10(土) 18:06:30 |
  • URL |
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