大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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東北三省は大稲作地帯

大連市から北に僅か1時間ちょっと走っただけでこんなに広い稲作地帯があった。もっとも大連の南は海なので、南には行きようがないのだが。
dami051014.jpg

丁度、収穫直前で、金色の稲穂が垂れていた。

東北三省は、実は大稲作地帯なのだ。
1993年の緊急輸入米259万tのうち、中国産の輸入米は108万tで、そのうちの90%は東北三省でとれた。
1994年の東北三省、つまり黒龍江省・吉林省・遼寧省における田んぼの面積は、それぞれ75万ha、42万ha、46万haだったが、98年では黒龍江省だけが153万haと倍増している。黒龍江省だけで、すでに日本の田んぼの面積に匹敵する。

黒龍江省の米は、その殆どがジャポニカ米で、コシヒカリとかキラらが多いという。これらブランド米は日本の大手商社が契約栽培しているケースが多く、中国の一般市場に出ることは少ない(未確認情報?)ある大手商社からアキタコマチだかを袋詰めしたものを分けてもらったことがあるが、それなりにおいしい米だったと記憶している。

黒龍江省には及ばないものの、遼寧省も実は大稲作地帯だったのだ。普段の大連及び開発区の生活では感じることが出来ない広大な田んぼを見て、その一部を垣間見た思いがした。

また、稲穂が垂れる風景を見て、子供の頃の日本の故郷に戻ったような錯覚に陥ってしまった。

そろそろ新米が出始める季節なので、お店で探してみよう。
コメントから抜粋
遼寧省営口市在住さん
この中国の稲作の発展には
実は一人の日本人が大きく貢献しているのですよ。
ちょっと長くなりますが、以下の引用を見てください。

「岩見沢出身で、市内に在住されていた故 原 正市 氏は、北海道庁、北農中央会を退職後、64歳から、2002年に85歳で亡くなられる直前まで、中国での稲作指導にその生涯を捧げられました。黒龍江省を皮切りに中国33省のうち30省を21年間で63回訪中され、在華日数は、1,800日を超えました。
水稲作での畑苗移植栽培と窒素質肥料の肥効率の高い施肥法の指導により、米の収量は、飛躍的に伸びました。黒龍江省を例にとると、水田面積が20万haから 140万haに増え、面積当たり収量が2倍に増え、総生産量は、14倍になりました。中国全土では、原氏の指導により、米が200万トン以上増産されたと言われています。この実績と、自ら裸足で水田に入り指導する姿から、中国の人々から「洋財神(ヤンサイシェン)」(外国から来て懐を豊かにしてくれた神様)と呼ばれ、慕われました。
この功績に対して、中国国家政府や地方政府から数多くの表彰を受けられ、中国政府から外国の個人に初めて贈られた胸像が、母校である岩見沢農業高校に設置されています。」(北海道岩見沢市のホームページから)

故原正市氏は日本人で初めて「中国国際科学技術協力賞」を受賞しましたが、この賞は日本人で確か5人、他の外国人を含めても40人ほどしか受賞していないそうです。

東北地方では昔は稲作はほとんど行なわれていなかったのですが、100年ほど前から朝鮮人の移民が、吉林省の現在の「延辺朝鮮族自治州」の辺りで稲作を始め、質の良い米を作っていました。現在でも東北一帯に分布する朝鮮族農民は大半が稲作営農を主にしています。
大連から北の農村地帯で、広く平坦な土地があり、灌漑用水が得易い場所では、どこでも水田があります。以前に通りがかった大連から丹東までの道の両側は、一面の水田だったのを覚えています。
俺の住んでいる営口でも郊外には水田が多く、かなり質の良い米ができるそうです。それより有名なのは渤海湾の一番奥にある盤錦で、ここの米は遼寧省でも一番だと言われています。ちなみにウチで食べてるのも盤錦産の「あきたこまち」で、1斤(500g)で3元ちょっとの値段ですから、10kgだと60元(840円ほど)です。まあ日本よりはずっと安いですね。
ブログルポです。

コメント

黒龍江省でコシヒカリとは!

黒龍江省というとコーリャン、とうもろこし、緑豆というイメージですが米ですか。それも98年で153万haとは驚きです。今年の日本の作付け面積は、調べたら171万haですからすごい面積ですね。おいしいというのだから陸稲ではなく水稲ですよね。水はどこから確保するのでしょう。
ところで教えてほしいことがあります。スーパーで米(うまいやつで)は1キロ当り4~5元位ですか(あてずっぽうです)。もうひとつ、ジャポニカ米とインディカ米の境目はどの当りですか。知って何になるわけではないんですが雑学が好きなもんで、何かの時に教えてください。

  • 2005/10/19(水) 16:12:44 |
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  • はくらくてん #-
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稲作・農業についての独白

50年ほど昔、我が家には12反ほどの田圃があって、稲刈りの季節には土手の上に置かれたふごの中で眠り、遊んでいた。 45年ほど前には家中皆で鎌を持って稲刈りをしていた。 小学校の低学年頃は爺さんや婆さん、ましてや父や母の田植えや稲刈りのスピードには付いていけなかったが、いつしかそれは追い越せるようになった。 

田植えはまだ暗いうちから出かけ、雨の日には東海道五十三次の絵に出てくるような合羽も着た。 裸足で田圃に入ると、そのにゅるっとした足の裏の感覚は今でも覚えている。 勿論、手植えであったし、子供ながらに腰が痛くなった。 

稲刈りの時は、何度か鎌で手も切ったし、痒いのを堪えながら、たわわに実った稲を束ねて脱穀の機械の所まで運んだものである。 仕事が済んでも、婆さんは田圃の隅から隅まで落ちた稲穂を歩きながら拾い集めていた光景を思い出す。 ミレーの「落穂拾い」の世界であった。

衰退した日本の農業と言われて久しいが、現在では我が家もお米は買っていて、農業はやっていない。 
手間隙にお金もかかり、個人農業ははっきり言ってしんどいものである。そのような実態を知らずして、世間では 「××米が美味しい」 などと言う輩が多いが、お米のありがたさは、一度でいいから自分で経験してから言って欲しいものである(対価を支払っていると言われれば仕方がない)。 気候風土、品種、手間隙で良い「米」は作られる。            
こんな独白をしながら、泡の株主優待で1kg3000円の「魚沼産コシヒカリ」2袋貰って食べた事があるが、やはり美味かった、「真好吃了」。






  • 2005/10/19(水) 16:27:59 |
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  • hexue #0gXy5ln6
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1960年代の日本に似ている

hexueさんのコメントで思い出しました。オレは農家出身でないですが、
福建省の福州から100k位離れた田舎で、日本の昭和20~30年代に使用していたもの(博物館か何かで見たものです)と同じ構造の農機具を見て感動しました。手で木製のドラムのようなものを回して籾殻やごみを除去するような器具です。布(シート)を敷いた地面に稲の束をたたきつけて脱穀していたような・・・。また道路(公道)一面に稲の穂を広げて干していたような、何をやっていたのか、ただ干していたのか車に脱穀させていたのか、中国人に質問したが意味が通じずそのまま終わってしまったのでした。懐かしいものを見た感じでした。

  • 2005/10/19(水) 18:05:30 |
  • URL |
  • はくらくてん #-
  • [ 編集]

この中国の稲作の発展には

実は一人の日本人が大きく貢献しているのですよ。
ちょっと長くなりますが、以下の引用を見てください。

「岩見沢出身で、市内に在住されていた故 原 正市 氏は、北海道庁、北農中央会を退職後、64歳から、2002年に85歳で亡くなられる直前まで、中国での稲作指導にその生涯を捧げられました。黒龍江省を皮切りに中国33省のうち30省を21年間で63回訪中され、在華日数は、1,800日を超えました。
水稲作での畑苗移植栽培と窒素質肥料の肥効率の高い施肥法の指導により、米の収量は、飛躍的に伸びました。黒龍江省を例にとると、水田面積が20万haから140万haに増え、面積当たり収量が2倍に増え、総生産量は、14倍になりました。中国全土では、原氏の指導により、米が200万トン以上増産されたと言われています。この実績と、自ら裸足で水田に入り指導する姿から、中国の人々から「洋財神(ヤンサイシェン)」(外国から来て懐を豊かにしてくれた神様)と呼ばれ、慕われました。
この功績に対して、中国国家政府や地方政府から数多くの表彰を受けられ、中国政府から外国の個人に初めて贈られた胸像が、母校である岩見沢農業高校に設置されています。」(北海道岩見沢市のホームページから)

故原正市氏は日本人で初めて「中国国際科学技術協力賞」を受賞しましたが、この賞は日本人で確か5人、他の外国人を含めても40人ほどしか受賞していないそうです。

東北地方では昔は稲作はほとんど行なわれていなかったのですが、100年ほど前から朝鮮人の移民が、吉林省の現在の「延辺朝鮮族自治州」の辺りで稲作を始め、質の良い米を作っていました。現在でも東北一帯に分布する朝鮮族農民は大半が稲作営農を主にしています。
大連から北の農村地帯で、広く平坦な土地があり、灌漑用水が得易い場所では、どこでも水田があります。以前に通りがかった大連から丹東までの道の両側は、一面の水田だったのを覚えています。
俺の住んでいる営口でも郊外には水田が多く、かなり質の良い米ができるそうです。それより有名なのは渤海湾の一番奥にある盤錦で、ここの米は遼寧省でも一番だと言われています。ちなみにウチで食べてるのも盤錦産の「あきたこまち」で、1斤(500g)で3元ちょっとの値段ですから、10kgだと60元(840円ほど)です。まあ日本よりはずっと安いですね。

>はくらくてんさん
ジャポニカ種とインディカ種の境界は、長江の流域のようです。しかし、この地方でも、最近は食感の良いジャポニカ種の作付けの方が多くなっているようです。

東北米

>はくらくてんさん
私も東北米(黒竜江産)を常食にしています。普通の米屋で量り売りで買っています。1斤(500gm)1.6元~2元です。スーパーで袋パックされた上級米で、5kg詰めで40元程度です。
90年代では、米屋で買った米は石や雑穀がかなり混じっており、とぐよりもそれを除くのに注意していましたが、現在では精米も良くなり(スーパーでは無洗米もあります)不純物もほとんどなくなり楽になりました。

  • 2005/10/19(水) 22:47:11 |
  • URL |
  • KM #-
  • [ 編集]

皆さんのコメントで成り立っています

いつもコメントを下さる皆さんありがとうございます。
拙いブログですが、皆さんのコメントのおかげで内容が濃くなっています。

よくある若者のブログでは、「こんにちは、元気ぃ?」のような、第三者には何の意味もなさないコメントが横行していますが、当ブログの常連の皆さんのコメントは、後から来た訪問者に有益な情報を提供し、また情緒を感じさせてくれる質の高いものです。

特に遼寧省営口市在住さんはどんなテーマでも広く知識をお持ちで、管理者の地位を譲りたくなるほどです。今回のコメントも是非広く知って頂きたい知識なので、本文に転載しました。
初めて来た方は、中々コメントまで目を通さないで帰ってしまうケースが多いのですが、本文に貼り付ければ嫌でも目に入るはずです。

常連の皆さん、今後もよろしくご支援くださいますようお願いします。

  • 2005/10/20(木) 13:25:28 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
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