大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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この二人は何者

雪溜まりがまだ残っている寒空の下で、話し合っている二人の男。
xieshu060212.jpg

なにをしているのだろうか?

雰囲気で分かったと思うが、左側のおっさんは、靴の修理職人だ。

日本でも、40年程前には、こうもり傘の骨接ぎ屋とか、鍋の穴修理屋、鋸の目立て屋などの職人が、道端や原っぱで、商売をしていたものだ。だけど、今や、そういう人たちは見かけず、修理屋さんは、スーパーの横や、地下鉄の通路などに、小さいながらも店舗を構えて営業している。

また、豆腐屋、納豆売り、金魚売りなどの売り子も、天秤棒を担いだり、自転車をひっぱたりして街中を歩いていたものだが、最近はトンと見かけなくなった。

紙芝居という商売もあったな。原っぱに子供達を集めて、水飴を買わせて、紙芝居を面白おかしく演じてくれる。

こういう無店舗商売って、経済発展の途中で見られる形態だと思う。当事典でも何回も紹介している各種の道端商売だが、日本では、まったくと言って良いほど見かけなくなった。しかし、中国に限らず、東南アジアの国々では、普通に見かける風景だ。アメリカやフランス、ドイツなどでは、あまり見かけない。おっと、パリには、焼き栗屋がいたな。

店舗を持たなくても、とにかく食っていかなくちゃならないのだから、彼らは必死だ。
あと30年も経てば、昔懐かしい姿を記録した貴重な資料として、大連雑学事典が尊重されることだろう。

コメント

久しぶりに懐かしい言葉

蝙蝠傘の修繕、鋸の目立て、包丁の刃の研磨、懐かしい言葉です。
紙芝居屋のオジサン、ポン菓子屋のオジサン、置き薬のオジサンなど、大抵はオジサンでしたが、祖母の家あたりではお菓子やおかず、野菜などを大きな荷箱にしょってくるおばあさんもいました。 昭和30年ごろには下駄の鼻を売りに来る変な人もおりました。 感涙に咽ぶほどではないが、ノスタルジックな旧き良き時代でした。

それと、パリのあちこちで寒そうにして売る焼き栗売り、大連の甘栗とは趣の異なる冬の名物ですね。 ローマのコロッセオやスペイン階段あたりのアイスクリーム売り、バンクーバーのチャイナタウンにはシュウマイ売りのおじさんがいました。

色んな商売があるものです、世の中には。

  • 2006/02/19(日) 21:41:08 |
  • URL |
  • hexue #0gXy5ln6
  • [ 編集]

訂正

下駄の鼻ではなく、下駄の鼻緒でした。

  • 2006/02/19(日) 21:42:51 |
  • URL |
  • hexue #0gXy5ln6
  • [ 編集]

パリジェンヌは

>hexueさん
焼き栗の殻を、ペッペッペと路上に吐き出しています。まるで、中国と同じでした。彼らの言い分は、路上掃除をしている人たちの仕事を作ってあげてるって。パリでは、午前5時ごろから、主に黒人の掃除人が撒水車で歩道を洗い流して、栗の皮や犬の糞などのゴミを下水に流し込んでいきます。やり方は違うが、大連のお掃除おばさんと同じ存在です。
貧富の差を許容している発言が、妙に気になります。

  • 2006/02/21(火) 23:29:47 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
  • [ 編集]

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