大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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日本料理について

3回に渡って、中国の代表的な香辛料を紹介してきたが、これを書きながら、日本料理に使う香辛料って少ないなと感じた。それをきっかけに日本料理と中国料理について思うところがあった。

日中の料理について考えてみたら次の3点の違いに気が付いた。
どちらが良いとか悪いとか言うつもりはないが、日本人だから日本流を好むのは仕方が無いだろう。

1、香辛料
2、料理の正面
3、ガラが残る

1、香辛料
極論だけど、日本料理は素材の味、中国料理は香辛料の味!!
素材の味の代表が「刺身」だろう。
加熱も味付けもしていない生の魚を、ワサビと醤油だけで食べる。
こんなんでどこが料理やねん!

と思う人がいるかも知れない。
でも、素人がうまい刺身を作れるかと言われれば、答えはNO!だ。魚を見て美味いところを選び、骨や血筋を取って、食べやすい大きさに切り、綺麗な形に盛り付ける。包丁捌きで食感が変わるとも聞くし、もっと言えば、素材にこだわる本当の調理人は魚選び(目利き)こそ一番大事だと言うから、素人の出番はない。

加熱も味付けもしない刺身は極端な例としても、焼き魚だって調味料は塩だけで、大根おろしと醤油で食べる。野菜の浅漬けだって味を加えるのは最小限だ。まさに素材の味と言って良いだろう。

これに対して、中国料理では香辛料を使いまくるので、素材の味がどっかに飛んでいってしまう。羊肉のように癖の強い素材には、香辛料が良く合う、と言うより必需品と言うべきだろう。
中国では
「空を飛ぶものはヘリコプター以外なんでも食べる、四脚のものは椅子と机以外なんでも食べる」
と言われるほど、食材の幅が広い。中には、そのままでは臭味(くさみ)が強すぎて食べ難いものもあるのだろう、そういうものを食うために香辛料が発達したのではないだろうか?と勝手に想像している。
空を飛ぶものって、鳩は鳥だからまだ分かるが、蝙蝠や虫まで食ってしまうのだから凄い。四脚と言えば、ウサギは日本でも食べるから良いとして、驚くのは、犬と亀、どちらもスーパーの食材売り場で売っている。

日本では、江戸時代までは、ウサギ、イノシシなど極一部の例外を除けば、一般には動物の肉は食わなかったので、臭味(くさみ)の強い肉の処理など必要なかったのだろう。
日本料理で使う香辛料と言えば、ワサビ、(七味)唐辛子、生姜くらいで、鰻には山椒、他に香り付けに、ゆず、三つ葉、セリ。明治以降になってから胡椒も多用されるようになったが、中国の香辛料の多彩さと比較してなんと少ないことか。

でも、これが、素材の味を大切にする日本料理を作り出したのだろう。

2、料理の正面
大連の日本料理店で、まだ慣れていない女性店員が、料理の向きを間違えて置いたので注意をしたのだが、彼女にとっては、何を言われているのか理解できなかったようだ。
日本料理には、向きを考慮した盛り付けが結構多い。刺身だったらツマのある方が後ろで、刺身が並んでいる方が正面だ。天婦羅だって一流どころなら前の方から食べるように盛り付けるものだ。小鉢や椀でも、食器の模様も含めて、正面を意識している場合がある。

中国の料理は一般的に大皿にドカっと盛り付けて、ぐるぐる回して各人が勝手に銘々皿に取るのだから、正面も後ろもない。だから、上の女性店員にとっては何を言われているのか分からなかったのだろう。

そもそも、中国料理で個別の客への盛り付けって無いんじゃないだろうか?
焼き海老なんかを頼んでも大皿に持って来て、一人一人に取り分けてくれるし、スープだって同じだ。

3、中国料理はガラが残る
日本料理って、ガラが残る食べ物が少ないと思う。
刺身に骨が残っていたりしたら、食感を損ねてだいなしだ。
魚の骨だって、秋刀魚とか鯵とか一部のお約束の魚を除けば、三枚に下ろすなどして骨が残らないように処理してくれる。
カニはしょうがないけれどそれでも食べやすいように切れ目を入れてくれたりするよね。あと貝殻もしょうがないか。

中国料理では食べられないものが一緒に入っていることが結構多い。
調味料や香辛料が一緒に盛り付けられている。八角は食べられないが煮込み料理には入っているし、辛い唐辛子もそのままの形で料理に入っている。間違えてを口に入れてヒイヒイ言いってたら、
「あれは食べちゃいけないよ」

と笑われた。
食べちゃいけないものを盛り付けるな!
日本料理なら、出汁取りに煮干を使ったら取り除くだろうし、鰹節の粉だって除去する程だ。

調味料に限らず、中国料理ではガラが出るものが多いと思う。
どこまでしゃぶったら良いのか分からない骨付き肉とか、小骨が気になってゆっくり食べられない川魚、海の魚だって三枚に下ろすようなことはせずに青龍刀でぶつ切りみたいなものが多い。農村の鶏鍋なんか食った日にゃ下手をすると口の中を傷付けないように気をつけなくちゃならない。何しろ鶏冠がついた頭から頸、爪の先まで骨ごとぶった切りになって煮込まれているんだから。
またこれを中国人は、口からペッペと吐き出すんだ。日本人なら一旦手のひらで受けるとか、箸でつまんで口から出すとかするんだが、テーブルの上に直接ペッペとやるのには馴染めない。吐き出されたガラは当然テーブルの上に残されたままだ。

日本人が音を立てて蕎麦をすすることに欧米人は馴染めないというが、そういう感覚なのかも知れない。

食文化って、音楽や絵画、書道などの芸術文化と違って、数ある文化の中でも一番生活に密着しているので、簡単には変えられないだろうし、そこで生活しているなら変える必要など無いし、むしろ伝統として残すべきなのかも知れない。

歴史にに基づいて連綿と継承された文化だから非難するつもりは無い。服務員も慣れているのでさっさと掃除をすれば済むことだ。だけど、もし自分の家ではやらず、外のレストランだけでペッペとするなら考え直して欲しいと思う。
また、オレに同じようにやれと言われても出来ないし、根本的に馴染めないものは仕方が無い。
オレの拙い中国香辛料考察に対して、遼寧省営口市在住さんがデータに基づく解説と訂正をしてくれました。興味深い内容なので是非ご一読ください。
だんだん、他人の褌で相撲を取るようになってきたなぁ、オレ。


読者のコメントから抜粋
遼寧省営口市在住さん
「香辛料」にはちょっと異議あり

でっつさん、なかなか興味深い文化比較をしてくれていますね。
「言われてみれば確かにそうだなぁ」という点も多いですが、少々「異論」もありますので、書いて見ました。

特に「香辛料」のことですが、現代の中国料理の中ではかなり色んなものを使いますが、それはそれほど昔からの事ではなく、この前のエントリーに出てきた「孜然」(クミン)なんていうのは、漢民族の中に広く知られるようになったのは、せいぜいこの20~30年の話でしかありません。まして、今でも江南の蘇州とか杭州あたりの伝統料理や、広東料理、四川料理などのコアな中国料理では全くと言って良いほど使いません。

清朝の時代に袁枚(えんばい、 1715~1797)という人の書いた『随園食単』という有名な本があります。この人は当時の役人でしたが、非常な文化人で、美食家でもありました。この本は現在でも中国のグルメ書の古典として、伝統的な中国料理を知るための「必読の書」となっており、日本でもかなり昔から岩波文庫で日本語訳が出版されています。

この本の冒頭で「予備知識」として挙げている最初が、「天性を知ること」で、先ず素材の大切さを強調してこう書いています。「人の性質が下愚ならば孔氏や孟子がこれを教育しても無益であり、物の品質が不良ならば料理の名人易牙がこれを割烹しても無味である。」
「大抵一席の佳肴は料理人の功が六分で、買出人の功が四分である。」
ですから、中国料理が素材を重視しないというのは全くの間違いです。

次に「調味料を知ること」として、代表的な調味料を挙げていますが、ここに出てくるのは、「醤」(味噌)、油、「酒娘」(諸味酒)、「醋」(米酢)、葱、山椒、生姜、肉桂(シナモン)、砂糖、塩ぐらいのもので、香辛料としては山椒と肉桂ぐらいのものです。
この本の後の方には、素材毎に調理法を含めて料理の解説がたくさん書かれているのですが、その中でも大部分は上記の調味料と香辛料しか出てきません。その他にはせいぜい胡椒と唐辛子ぐらいのものでしょう。

著者の袁枚先生は浙江省の杭州の人で、言わば江南地方の伝統料理を食べて育った人ですが、役人でしたから各地に出張する機会も多く、辺境の非漢民族地域の料理は別にしても、およそ当時の中国各地の料理を食べ歩いた経験からこの本を書きました。ですから、この本で今から200年余り前の中国料理を俯瞰できるわけですが、その中に出て来るいわゆる「香辛料」の類いというのは、意外にも上記のように少ない物しかないのです。
詰まる所、料理の味と言うのはやはり素材で出すべきものであって、調味料や、ましてや香辛料というのは、あくまで補助的なものでしかなく、それで無理やり香りや味を出すのは邪道だということです。
だから、最も正統的な中国料理はその「菜系」(地方の区別)に関わらず、特に香りの強すぎる香辛料は使わないのが王道だと言って良いでしょう。

コメント


カニとない


カニとない
素材とかかするんだが
でっつは、亀で辛いあと貝殻などいるかも知れない
ジョンは、青龍とかを一緒しなかった。


  • 2006/11/20(月) 14:22:20 |
  • URL |
  • BlogPetのジョン #-
  • [ 編集]

「香辛料」にはちょっと異議あり

でっつさん、なかなか興味深い文化比較をしてくれていますね。
「言われてみれば確かにそうだなぁ」という点も多いですが、少々「異論」もありますので、書いて見ました。

特に「香辛料」のことですが、現代の中国料理の中ではかなり色んなものを使いますが、それはそれほど昔からの事ではなく、この前のエントリーに出てきた「孜然」(クミン)なんていうのは、漢民族の中に広く知られるようになったのは、せいぜいこの20~30年の話でしかありません。まして、今でも江南の蘇州とか杭州あたりの伝統料理や、広東料理、四川料理などのコアな中国料理では全くと言って良いほど使いません。

清朝の時代に袁枚(えんばい、1715~1797)という人の書いた『随園食単』という有名な本があります。この人は当時の役人でしたが、非常な文化人で、美食家でもありました。この本は現在でも中国のグルメ書の古典として、伝統的な中国料理を知るための「必読の書」となっており、日本でもかなり昔から岩波文庫で日本語訳が出版されています。

この本の冒頭で「予備知識」として挙げている最初が、「天性を知ること」で、先ず素材の大切さを強調してこう書いています。「人の性質が下愚ならば孔氏や孟子がこれを教育しても無益であり、物の品質が不良ならば料理の名人易牙がこれを割烹しても無味である。」
「大抵一席の佳肴は料理人の功が六分で、買出人の功が四分である。」
ですから、中国料理が素材を重視しないというのは全くの間違いです。

次に「調味料を知ること」として、代表的な調味料を挙げていますが、ここに出てくるのは、「醤」(味噌)、油、「酒娘」(諸味酒)、「醋」(米酢)、葱、山椒、生姜、肉桂(シナモン)、砂糖、塩ぐらいのもので、香辛料としては山椒と肉桂ぐらいのものです。
この本の後の方には、素材毎に調理法を含めて料理の解説がたくさん書かれているのですが、その中でも大部分は上記の調味料と香辛料しか出てきません。その他にはせいぜい胡椒と唐辛子ぐらいのものでしょう。

著者の袁枚先生は浙江省の杭州の人で、言わば江南地方の伝統料理を食べて育った人ですが、役人でしたから各地に出張する機会も多く、辺境の非漢民族地域の料理は別にしても、およそ当時の中国各地の料理を食べ歩いた経験からこの本を書きました。ですから、この本で今から200年余り前の中国料理を俯瞰できるわけですが、その中に出て来るいわゆる「香辛料」の類いというのは、意外にも上記のように少ない物しかないのです。
詰まる所、料理の味と言うのはやはり素材で出すべきものであって、調味料や、ましてや香辛料というのは、あくまで補助的なものでしかなく、それで無理やり香りや味を出すのは邪道だということです。
だから、最も正統的な中国料理はその「菜系」(地方の区別)に関わらず、特に香りの強すぎる香辛料は使わないのが王道だと言って良いでしょう。

ありがとうございます

>遼寧省営口市在住さん
いつもながら、懇切丁寧な解説を頂きありがとうございます。
私の思い込みをきちんと是正してくれて非常に納得できました。おそらく本文を書くのに匹敵するくらい長い時間がかかったと思います。
納得できない異論であれば反論しますが、ここまで説得されると一言もありません。
例によって、本文に転記させて頂きました。

  • 2006/11/20(月) 19:48:27 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
  • [ 編集]

最良の素材に最良のスパイス

難しい話には付いて行けないので、別の切り口で御免。

どんな料理でも、最良の素材なら普通の調理方法で十分美味しい。 そして最良の料理人と最良の雰囲気が加味されれば更に美味この上ないものだ。 
しかし「適量」も大切だ。 ある年の恒例の忘年会で、1kg3万円の神戸牛を七輪の上で焼いてもらったことがあった、それも市内唯一の割烹料理店の座敷でだ。 総勢12名、皆は鼈、河豚、蟹の鍋料理だったが、海のモノが苦手な私一人のために用意されたものだが、1/5しか食べられなかった。 これを読まれている諸兄は「馬鹿な」「アホか」と思われるだろうが、これは実話だ。 この時、仲居さんが教えてくれた。 「この肉はめったに手に入らない最高の神戸牛。 塩胡椒してあるから、ミィディアムレアで焼いて、おろした山葵を付けて食べれば最高よ」 こんなに美味しいステーキは初めてだった。 勿論残った4/5は周りの人が食べてしまい、私は雑炊で〆たが、至福のステーキ、忘年会であった。 
もうすぐ忘年会の季節だが、今年はインド料理に内定している。

こうも言える、「最良の素材」はわずかな「最良のスパイス」で、より引き立たせられるものである。 ステーキには摩りおろした山葵をお試しあれ(フィレには強すぎるのでサーロインくらいがおススメ)。 涎、落ちそう.............だ。

  • 2006/11/20(月) 22:03:53 |
  • URL |
  • hexue #0gXy5ln6
  • [ 編集]

卸し山葵自体が

>hexueさん
読んでいるだけで涎が出そうな場面ですね。
神戸牛も最高なのでしょうが、卸し山葵もぜいたく品。
ここ大連では、辛し大根を原料にしたチューブ入りしか手に入りません。

  • 2006/11/21(火) 07:06:07 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
  • [ 編集]

美味しんぼ

は、私の愛読書のひとつです。
遼寧省営口市在住さん のようなスパイスの効いたコメントは出来ませんが、料理の向きについて、一言だけ。
お客様、食べる人にとって、食べやすいか、見栄えが良いか、美しいか、この様な考えで配膳をするのは、日本料理だけでしょう。
うまいか、まずいか、では無いです。
目に麗しく、舌に美味しい、または、目に麗しく、香りに魅惑的、などの表現にふさわしいのは、日本人の私にとっては日本食だけと思う私は、ここ中国ではやっぱり異邦人でしょうか。


  • 2006/11/27(月) 21:17:11 |
  • URL |
  • 青云 #-
  • [ 編集]

量が。

胃袋が小さめの私にとっては、中国での大皿料理には恐怖すら感じます。(太っていますが、食事の量は少ない)
といっても友人との食事会では、会費のもとをとらねば、と普段の倍は食べますが、それはあくまで「その夜」のみ。
それが毎夜続くとなると・・・最後は熊の胆のお世話になります。
小皿に品良く少量盛り付けた日本料理は、季節感も感じられて美しいですね。

  • 2006/11/28(火) 04:24:11 |
  • URL |
  • カンカン #J7gMWUUA
  • [ 編集]

大連含め東北は「料理不毛の地」

こんなことを言うと、ウチの嫁さん含め大いに文句を言われそうですが、俺はつくづくそう思っています。
だいたい中国東北地区というのは、中国文化のコア地帯である「江南」や「中原」からははるかに離れた「化外の地」、もともと異民族の女真族(後の満州族)の地で、大規模に開発されたのはせいぜい100数十年の歴史しかない、言わば俺の郷里の北海道みたいな土地なんです。
その中でも大連はロシアの開発時期から数えてもわずか100年ちょっとしか歴史のない、全くの新開地ですから、そんなところに「四千年」の伝統を持つ中華料理の真髄なんかがあるはずは無いわけです。
大連には100年以上の歴史のある老舗の料理屋などは一軒もありません。(例えば蘇州や杭州なら、そういう店はゴロゴロあります。)だから、歴史に裏打ちされた料理を大連で食べようと思っても、それは「無いものねだり」というもので、「高級」と言われる5つ星ホテルなんかで食べても、全てまがい物ばかりです。
本物の中国料理には、季節感があって、目に麗しい料理はいくらでもありますが、そういうものははっきり言って大連では食べられません。
だから、大連の料理で中国料理を判断してはいけません。それは青森や札幌で本格的な「京料理」や「金沢料理」を求める以上にナンセンスなことです。(もっとも、それらの土地にも美味しい郷土料理はありますが)

>青云さん
「美味しんぼ」は、私も日本にいた頃はよく読んでいました。
日本料理って見た目にも綺麗だと思います。

>カンカンさん
中国料理は残しても良いんですよ。
季節感と言うのも、大事な要素ですね。

>遼寧省営口市在住さん
なるほどねぇ。
青森で京料理は無理でしょうねぇ。

  • 2006/11/29(水) 20:16:53 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
  • [ 編集]

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