大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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大連開発区の誕生

対外貿易、外資導入、技術導入、観光収入などを目的とした、中国の改革開放政策は、1978年に広東省、福建省において試験的始まり、翌年、対外開放区に関する基本的な考え方をまとめ、1980年、中国の「経済特区」が正式に誕生した。

「経済特区」は、深セン、珠海、スワトウの3地点でスタートし、後にアモイと海南島を追加指定し、外資に対し、法人税の減免、輸出入税の減免、外貨の海外送金の保証等の優遇措置を講じることによって、外資企業誘致に成功した。

この「経済特区」における成果をもとに、1984年に、14の「沿海開放都市」が選定され、それに付随して14カ所の「経済技術開発区」が国務院によって批准された。

14の沿海開放都市:
大連市、秦皇島市、天津市、煙台市、青島市、連雲港市、南通市、上海市、寧波市、温州市、福州市、広州市、湛江市、北海市

「経済技術開発区」は、「沿岸開放都市」と同数の14ヶ所設置されたのだが、各都市に一つではなく、温州市と北海市には設置されず、上海が3ヶ所を占めた。
第1期の国家級経済技術開発区14ヶ所:
大連、秦皇島、天津、煙台、青島、連雲港、南通、閔行(上海)、虹橋(上海)、漕河(上海)、寧波、温州、福州、広州市、湛江
その後、1992年に第2期18ヶ所、2000年に第3期15ヶ所が国務院で認可され、国家級経済技術開発区は、合計47ヶ所になっている。

これに伴って、省級やら市級の開発区が各地に設置された。省レベルの経済技術開発区が700ヶ所を超え、それ以下のところは数千ヶ所とも言われているが、規模、優遇処置の程度など各方面において、国家級には遥かに及ばない。

こうして、大連経済技術開発区は、1984年に誕生したのである。
だから、大連開発区は2004年に20歳の成人となり、今年は23歳で大人の道を歩みだしたのだ。

コメント

加油!

> 1984年に、14の「沿海開放都市」が選定され、それに付随して14カ所の「経済技術開発区」が国務院によって批准された、と。

その国務院は、4月7日付けの週間東洋経済の記事によると、国家統計局と環境保護局が共同で昨年9月に2004年度版グリーンGDP(通常のGDPから環境に与える悪影響を差し引いたもの)を初めて発表し、その調査対象を地方政府レベルにまで拡大し、環境保護の名の下に行き過ぎた設備投資を抑制する方針でいたが、公害などによる損失がGDPの3.05%と発表されて以後、地方政府の抵抗が急速に強まり、2005年度版のデータが不足となって、もう2年目でその処理を国務院に委ねた、と述べている。

さらに、経済過熱をもたらす輸出は、米欧に中国警戒ムードを再燃させ、国内的にも株価と地価のバブル傾向、1兆ドルの外貨準備の一部運用を新設の国家投資基金に移行させる案もドル安を惹起させるのではと警戒されている、とエコノミストは論を張っている。

学生時代にほんの僅かに齧った理想の「マルクス経済学」は、砂上の楼閣か幻想の理論であったことはすでに実証され、新しい「社会主義市場経済論」は、どこかの国が見事なまでに体験した「バブル」をはるかに凌駕して止まず、ケインズの経済理論も風前の灯よろしく、「中華実践経済」は、「先に豊かになれる」ところだけは確かに表面的にではあるが「信じられないほどの発展」を遂げている。

23歳の大人の大連経済技術開発区よ、ガンバレ!!

  • 2007/04/17(火) 21:06:50 |
  • URL |
  • hexue #0gXy5ln6
  • [ 編集]

経済は素人なもんで

>hexueさん
長文の解説、ありがとうございます。
拝読してなるほどと思う部分と、良く分からない部分があります。
ま、白黒決着を付けるのが目的ではないので、読者がそれぞれに判断してください。

  • 2007/04/17(火) 23:25:11 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
  • [ 編集]

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