大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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【二百五】

勘違い中国語シリーズ037【二百五】

「二百五」は日本語では、205を意味するが、中国語では250になるのだ。
中国語では、250を読むときに「二百五十」とは言わず、最後の十を省略して「二百五」と言う。同様に「二千八百」なら「二千八」、「三万六千」なら「三万六」という具合だ。
205を意味するなら「二百零五」と言う。

というわけで、
「二百五」は〔アルバイウゥ〕もしくは〔アーバイウ〕と読み、数字の250のことなのだが、数字の意味とは別に「あほ」とか「間抜け」とか、人を罵る悪い言葉である。極めて一般的に、中国全土で使われている。

さて、普通に使っている悪態なのだが、どうして250が「あほ」なのか、中国人に聞いてもその由来を答えられる人は少ない。

この語源について調べてみたら、七つもの説が見つかった。

説一;
昔、銀500両を「一封」と言った。
従って250両は「半封」〔バンフェン〕ということになり、これが同じ発音の「半瘋」〔バンフェン〕【半気違い】に置き換えられ、馬鹿、間抜けを意味するようになったと。

説二;
唐の時代の長安の市長の権勢は絶大で、巡視の時には膨大な兵を引き連れていた。隊列の先頭には、官名で「喝道伍佰」と呼ばれる小役人がいて、手に長い竿を持って、道の人々を追っ払った。その後、小役人は2人に増やされたのだが、長安の人々は彼らを2人セットで「伍佰」と呼んだので、1人なら「250」という訳だ。その名残で、現代では「二百五」は無鉄砲で無礼、乱暴な人の代名詞となっているという説。

説三;
戦国時代末期に各国にまたがって弁舌を振るった縦横家の一人で蘇秦という男がいた。
六カ国同盟の合従連衡を提唱して秦に対抗し、六国の大臣となったが、紀元前317年に斉の国で暗殺された。斉王は、蘇秦を愛しんで犯人捕らえようとするが、捜査は進展しない。
そこで斉王はある秘策を巡らし、なんと蘇秦の屍から首をはねて、城門にさらしたのだ。
《通告!
蘇秦は実はスパイであり、他国の内通者であった!
彼を成敗した勇気のある者に、黄金一千両を出すので名乗り出るように!》

しばらくすると四人の男どもが名乗り出た。
四人の男が王と面会した。
『お前たちが蘇秦を成敗してくれた愛国者か?』
『はいそうです!』
『しかし賞金は一千両。増やせないぞどうする?』
『大丈夫です。私たち四人で分けます。』
『誠に四人で分けるのか? 一人二百五十両にしかならないぞ!』
『結構です。』
斉王は四人の心裏を読み取りすかさず命じた。
『こいつらが犯人だ!四人とも極刑で殺せ!』
愚かな暗殺者4人は自ら殺したことを認めたことになる。
それも4人仲良く分けるということは、共犯であることも認めたわけで、もし、一人だけが犯人であれば、分割することを簡単に容認するはずがない。
それで象徴として、4分の1である『250』が間抜けな意味となったと言うのだ。

説四;
昔、一人の秀才が功名を立てるために、寝食を忘れ大いに勉強をしたが、その一生の中で科挙試験に合格することはなかったし、子どもも生まれなかった。
歳をとってから、老いた秀才は遂に名利を追う意欲を失い、そして晩年に二人の子どもを授かった。秀才は一生の成功と失敗を振り返り、感慨にふけることを禁じ得なかった。そして、二人の子どもには、一人は「成事」もう一人は「敗事」と名付けた。
子供達は、自宅学習で育て、月日は穏やかに流れて行った。
ある日、秀才は妻に言いつけた。
「ワシは市場に買い物に行ってくる。その間に二人の息子に書き取りをやらせてくれ。上の子は300文字、下の子には200文字だ。」
秀才が戻ってきてから二人の息子の書き取りの様子を聞いたら、妻は答えた。
「書くことは書いたのですが、だけど成事は足りなくて、敗事は多すぎて、二人とも250(アルバイウゥ)」
【解説】:
これは後から作った笑い話としか思えないのだが、中国語的には一番面白い。
成事は足りなくて、敗事は多すぎは原文の中国語では「成事不足、敗事有余」と書き、「箸にも棒にもかからない」と言う意味の熟語になっているのだ。
そもそも自分の息子に対して「成事」はまだしも「敗事」などと悪い意味の名前を付けることはないだろう。

説五;
昔、銭500文を一吊と言った。250文は「一吊」の半分なので「半吊子」と言うわけだ。
【解説】:
「半吊子」は、おっちょこちょい、生半可な人と言う意味の中国の熟語なのだ。

説六;
人間の子どもは、十月十日の間、母親の胎内で成長する。ざっと数えても300日以上だ、それに対して、250日(8ケ月足らず)で生まれてくる未熟児は、脳に障害が残るから。
(この説は、差別用語みたいで好きじゃない)

説七;
昔、「牌九」あるいは「天九牌」という賭博用のカードゲームがあった。
このカードの中で「二板」(4点)と「幺五」(6点)の2種類のカードの組み合わせは、10点と最も低い点数で「死の十」と呼ばれ、他のどんな組み合わせにも勝つことが出来ない。この組み合わせを「二板幺五」(アルバンヤオウゥ)と呼び、短縮して「二板五」(アルバンウゥ)となり、いつしか(アルバイウゥ)と言うようになり、役に立たないものの意味で使われるようになった。

以上七つの説を紹介したが、どれが本当でどれがウソか分からないが、そんなことはどうでも良く、中国語の言葉遊びとして楽しんでいただきたい。
特に、説四は、落語の駄洒落オチみたいな面白さがあるのだが、うまく伝わったかな?

月、木の定期更新とは別に、日本人が勘違いしやすい中国語を、不定期に紹介している。

コメント

久々の労作ですね

この250は、確かに中国全土にて通用しているようですが、主流はやはり北みたいですね。
上海人は250より13点の方を嫌うように聞きました。
罵詈雑言のたぐいの言葉は、数多くあるようですが、並びとしては

去死吧!<250!<混蛋! でしょうか?

「13点」「笨蛋」「王八蛋」「鶏巴」などいろいろあるようですが、これらの言葉のほうが強い暴言になるのでしょうか。

買い物などのときに、どうしても250と発音しなければならないときは、
両百五というのが良いとのはなしです。

  • 2007/04/10(火) 16:25:41 |
  • URL |
  • 青云 #-
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3年ほど前に知った

あるブログの投稿者に[2××]と言うハンドルネームの人がいた。 その軽妙洒脱なコメントに私は一目置いていたし、何度も見るその[2××]と言う単純なハンドルネームを最初の頃は気にしていなかったが、一ヶ月ほど経った時のあるコメントの最後に「私は2××ですから」と書かれていたので、何か韻を踏んでいるのか、あるいは、コメントとハンドルネームに何かの関連性があるのかと考え、思い切って「2××とはどういう意味なんですか?」と尋ねました。 そうすると[2××]さんから説明があり、管理人さんからも補足してもらいました。 その時初めて聞いて、目から鱗が落ちた気分でした。
その人のハンドルネームは[249]さんです。 この意味、分かりますか?

  • 2007/04/10(火) 21:44:32 |
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  • hexue #0gXy5ln6
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249

>青云さん
買い物で値引きをするときに、250に近いときには、「250と言うわけにはいかないから230にしろ」などと逆手に利用しています。

>hexueさん
文脈から推測するに、単純に、250(あほ)にさえ、一歩及ばない愚か者という意味ではないのですか?

  • 2007/04/11(水) 07:12:12 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
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ピン!ポン!

そのとおり! まあ、「250」を知っている人にしてみれば、何でもないことですよネ。 私にすれば、なぜか「目から鱗」の問答でした。

大連も暖かくなってきたようですね。 「250」らしき人を相手にしないといけない時には「249」もあると思って、ストレスを溜めず、お仕事にご精励下さい。

  • 2007/04/11(水) 08:39:34 |
  • URL |
  • hexue #0gXy5ln6
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朝三暮四

一度恥をかいたのですが、【朝三暮四】は本来の成語の意味と全く異なって使われています。

  • 2007/04/16(月) 16:51:16 |
  • URL |
  • 朝令暮改 #-
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朝三暮四

「朝三暮四」の出典は「荘子」で、狙公(猿回し)が、猿に栃の実を朝に三つ、暮れに四つ与えると言ったら、猿が怒り出したので、朝に四つ、暮れに三つやると言ったら猿が喜んだ、と言うもので、一般には、結果が同じになることを見抜けないこと、また、相手をそのような状態に追い込んで、巧妙にだますことを言うのでしょうが、さて、どういう使い方で恥をかかれましたか、お教え下さい。 

  • 2007/04/17(火) 20:02:44 |
  • URL |
  • hexue #0gXy5ln6
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仰るとおり

>hexueさん
日本における「朝三暮四」の解釈は、hexueさんが仰るとおりです。
日中辞典で「「朝三暮四」を引いてみると、」こんな風に書いてあります。
「移り気であることのたとえ。また考えや方針が定まらず、当てにならないこと」
日中で意味が違いますね。

>朝令暮改さん
このような解釈でよろしいでしょうか?

  • 2007/04/17(火) 23:12:22 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
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 「二百五」の語源のその三、蘇秦を刺殺した男についてのことなんですが。本当の暗殺者は本当にその四人か、または別の誰かとのことです。
  蘇秦を殺すことを認めたその四人は本当の刺客ではなく、実は賞金の黄金一千両のためにでったのです。本当の刺客はそう簡単に落とし穴にはまらなくて、とっくに秦に帰ったんです。刺客を認めたその四人は賞金を四人であたりに250両をもらうことを提議するのは本当にバカなんです。これは百度百科による資料ですが。
  言葉の語源は色々あって、定説がありませんが、この物語がこう終わるのもう通じると思います。

馬鹿の4人組

>小林さん
そうですね。処刑された4人組は、賞金が欲しかっただけなのでしょう。
そのような馬鹿者を戒めるための逸話なのかもしれませんね。
他の6つの説も本当かどうか分かりません。

  • 2009/01/29(木) 21:23:32 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
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すみませんですが。ちょっと質問があります、教えていただけませんか。中国語の「走鬼」(street vendor)との言葉は日本語で何ですか。

“走鬼”名词解释: 粤语方言。来源于路街边的小贩一碰到城管来清查街道就会大呼“走鬼啦!”并且迅速四处逃散,是一种形象说法。“走鬼”,无牌流动小摊贩的代名词。

広東語の方言で、道ばたで者を売る露天商のようです。取り締まりの人間が来たとき”走鬼啦!”と叫び四散するのでこの名前が付いたようです。
(中国語のレベルが低いので、正確な訳では有りませんので、どなたか正確な翻訳をお願いします。)

  • 2009/02/08(日) 10:39:41 |
  • URL |
  • 三十里 #-
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走鬼

>小林さん
今までにない形での質問ありがとうございます。
事典ならではの質問コメントとして面白いと思います。
答えは、三十里さんが書かれたとおりだと思います。

>三十里さん
迅速な、また、正確な回答ありがとうございます。

さて、中国版yahooで「走鬼」を検索したところ、いろいろと引っかかってきましたが、広州とか珠海とか南方の記事ばかりなので、三十里さんが書かれたように、南方の方言のようですね。
一つ紹介すると、珠江時報の2005年4月の記事です。
http://dadao.net/php/dadao/temp_news.php?ArticleID=34639
タイトルは、「走鬼による商売横取りを許さない」
サブタイトルは、「禅城区都市管理執行局は昨日から建設市場周辺の経営秩序整備に着手し、合法的な露店の権益を保護する」と。
記事の内容を見ると、例えば南堤市場の中で、野菜を売る合法的な露店は50軒だが、その周辺に走鬼が70軒もあり、営業妨害をしており、交通の障害にもなっている。
合法的な露店は、市場に管理費を払っているためコストが高くなるが、走鬼はその分安く売れる。
警察が取り締まりに来ると、さっと逃げて、警察がいなくなるとまた戻ってくる。
こういう違法な露店を南方では、「走鬼」と言うようですね。

  • 2009/02/08(日) 21:33:45 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
  • [ 編集]

走鬼或いはホッカー

30年ほど前、シンガポールに住んでいたころ、同地の名物は屋台の食べ物屋で
現地の人たちはホッカーと呼んでました。英語のhucksterがシンガポール華人に
Singlish化されたもののようで、青果などの行商人の意とあります。
当時も鑑札のない露天商がその周りを囲み、(食べ物屋自身も無いと思われる)
インド系移民の背の高い警察が、一斉に取り締まりに来ると、蜘蛛の子を散らす如くに、ワーッと逃げ出しますが、逃げ遅れたお婆さんや子供たちの屋台は、そうした
異民族の警官に、屋台ごと叩き潰され、どうする術も無く、オイオイと啼いているのが哀れでした。
香港やシンガポールの徒手空拳で大陸から逃げてきた華人たちが、まず最初に食うために、始めたのがホッカーです。香港フラワー製造から大金持ちになった、
李嘉誠なども最初は屋台引きから身を起こしたとか。天下一品のそばの親父と一緒ですな。今では、大学生が就職先が無いので、屋台引きで生計を立てるという
のが、話題になっています。
大連でも、先日昆明路を歩いていたら、突然「城市執法」と書いたトラックが、歩道に並んでいる、野菜果物の屋台をつぎから次へとひっくり返し、棚や秤をトラックに
乗せて運び去って行きました。残されたおばさんおじさんたちは、誰かが密告したのでしょうがないという表情でした。一人若者がその執行者につかみかかっていましたが、その母親とおぼしきおばさんが、懸命になって引きとめていました。

  • 2009/02/09(月) 16:32:33 |
  • URL |
  • サンディ #-
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でっつさん、三十里さん
   ご返答、ありがとうございます。
  そうですね。「走鬼」という言葉は、確かに方言の広東弁の言葉です。でも、今は南中国だけではなく、全国範囲に広げる傾向があると思います。「走鬼」との販売方式は、いろいろな人の生計を解決しています。特に、農村からの出稼ぎ労働者の生計。だから、政府は今「走鬼」への態度もだんだん変わっていきます。不景気の環境に、大学卒業生に「走鬼」を進めるのはその表現の一つですね。
 「走鬼」はもう民衆の生活の一部になっており、強い生命力を持っているではないでしょうか。

走鬼の存在

>小林さん
ご説ごもっともです。
この事典では、路上販売のことを何度も取り上げており、そのほとんどは無許可の違法販売だと思います。つまり走鬼ですね。
これを厳しく取り締まったら、最初に困るのは、近隣の農民ではないかと思います。
私は、中国の海賊版についても、違法であることは十分認識していますが、中国の現状として、製造から流通、販売を通して、これで生計を立てている人が沢山いる状況で、単に禁止するだけでは、暴動さえも起きかねないと懸念しています。
安定した生活基盤を整えないことには、禁止してもいたちごっこの連続でしょう。

  • 2009/02/15(日) 06:40:46 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
  • [ 編集]

開発区の朝市

開発区のカイルン温泉の隣にあった百軒以上の新鮮な野菜と魚の朝市が、ある日突然姿を消し、東芝の隣の第一汽車の南側の閉鎖された工場が並ぶ道に移動して、にぎやかに復活しています。近郊農家漁師たちのバイタリティを感じます。
しかし、民族学院の南側の食い物屋台は追い出されて、もう戻ってこれません。
紅梅市場の前の屋台は、五輪前にきれいにかたずけられましたが、あの広い場所を占拠していた花屋以外は、みな復活してがんばってますよ。
広州の周囲の衛星都市の起源は、もともとこうした近郊農家たちが収穫物を
持ち寄ってきて、広州市内の手工業者と物々交換てきに始めた市場から、始まったそうで、市の無いときは廃墟のごとくになるので、「墟市」と呼ばれていました。
その頃は、追い立てにくる鬼もいないので、「走!鬼来了」と声をかけあう必要も無かったのです。

  • 2009/02/16(月) 14:46:19 |
  • URL |
  • サンディ #-
  • [ 編集]

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