大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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大連開発区の成長期

大連経済技術開発区は、国家級経済技術開発区として、1984年に誕生した。

誕生から7歳まで(1984年~1991年)
まだ生まれたばかりの大連開発区は、子どもなので何にもできない。
原野を何とかして、工業用地として使えるようにしなければならない。外資を導入するって言ったって、山の中に工場を作れと言っても、電気もなけりゃ水道もないんじゃ、誰も工場を作るはずがない。

原野の地図を広げて、誰かが三角定規で線を引いたのだろう。そして、メインストリートの金馬路が出来たに違いない。
その後、この辺を工業区として工場を誘致しよう、商業区はこの辺でにぎやかになるぞ、住宅区は周辺に配置しよう、そうすれば通勤が楽になるはずだと計画したのだろう。
あるフリーペーパーで、「開発区は実物大のシムシティ」という表現があったが、実に的を射た面白い表現だと思う。
【解説】シムシティ:
パソコンゲームの名前。プレイヤーが市長になって、計画的に都市を建設して繁栄させるシミュレーションゲーム。交通や商店街、病院などを適切に配置、建設していかないと街が寂れてしまう。


7歳までは、基礎固めだ。
つまり、道路を作って、水道と下水を作って、発電所を作って、通信、エネルギーなど、いわゆるインフラの整備が行われた。こうして、10平方キロの区域を整備して、外資企業の進出を図った。
10平方キロと言うと、東京都中央区とほぼ同じ面積だ。
この結果、1991年末には、103社が操業を開始して、52社が試運転を始めた。

だけど、この期間は、まだ子どもだからインフラ投資金額はとても小さく、毎年1億元を上下をする程度の金額だった。


8歳から14歳まで(1992年~1998年)
大連開発区が、小学生から中学生に成長した時期だ。
前の7年間は、とにかく工場を運転するのに必要な最低限のインフラを整備するので精一杯だった。だけど、外資企業が150社も集まると、人の生活がついて回る。それで、この時期は、単純な工業地帯から都市機能整備のインフラ開発が中心になってきた。

第2、第3の産業発展を視野に入れた近代的、国際的新都市建設へと移行した。220平方キロを段階的に分けて総合的な都市インフラの整備が行われた。220平方キロと言うと東京23区のおよそ三分の一だ。前の7年間が中央区一つだけだったのと比べると、どれだけ大きく成長したか分かるだろう。

近代的な都市構想に基づき、文化、教育、衛生、観光、公園などを整備していった。この結果インフラ整備資金は、毎年7億元~13億元と、7歳までと比べると10倍もの資金が投入された。
こうして、環境が整ってくると、高級ホテルや外国人住宅、マンションなどが建設されるようになってきた。


大連開発区のインフラ整備には次のような特徴がある。
(1)国の予算だけに頼らず、大連市政府が力を入れた。
インフラ整備費用の29%は市政府による投資だ。これは、14の開発区の中で最大だった。
(2)民間の資金を活用した。
中国側が土地を提供し、外資が資金を投入する形での開発会社を作り、短期間で工業団地を開発した。
(3)インフラ整備を重視し、多額の資金を投入したことにより、良好な経済環境をもたらし、強い競争力を維持してきた。
(4)インフラ投資に伴って、民間プロジェクト投資が大幅に増加した。
インフラ投資額と民間の比率は、1:3で他の経済技術開発区よりずっと高い。民間プロジェクトの中、外資は84%を占める。

こうして、他の開発区と比べて、「大連経済技術開発区」はより良い生活環境が整えられ、50万人の近代都市として発展を続けている。

参考資料:参考資料と言うより、殆どパクリだけど。
張 克、橋本介三「大連経済技術開発区のインフラの整備状況と優遇政策動向」
財団法人自治体国際化協会「中国の企業誘致政策」

コメント

シムシティ

そう、思ったんですよ。
この地を見たときに。

実物大のシムシティー大連開発区
日本では不可能な光景

でした。

当時、本文に入れようかと思ったんですが、やっぱ、まずいかと
考え、削ったのは以下の文章です。

国が富める事を優先して行われた改革開放の政策が曲がり角に来ている事は誰もが認める所です。
しかし中国の対外貿易に依存する体質(貿易依存率70%近く、日本でも30%以下)、消費率の低さ(統計では15%の富裕層が85%の貯蓄を握っていると言われ庶民の消費志向はまだまだ低い)、これらを考えると今の政策をすぐに転換できる状態ではないので、今は如何に国民を騙す(目を逸らすの方がよいか?)かがポイントです。
今の政府は、今後かなり難しい舵取りを要求されます。
開発区の発展、それが本当の意味での国民の幸せに結びついていけるのか。
その検証には、まだ少し時間が必要かもしれません。

コメントまで、丹念にチェックしているヘビーユーザー様だけには、辛口の言葉も可ということで。

  • 2007/04/21(土) 01:19:13 |
  • URL |
  • 青云 #-
  • [ 編集]

やっぱ、まずいっしょ!

>青云さん
どの雑誌だったか忘れてしまったのですが、青云さんの雑誌でしたか?
絶妙なコピーだったので、よく覚えています。
で、雑誌にこの内容は、やっぱまずいっしょ。検閲があったら一発で黒塗りされますよ。

  • 2007/04/21(土) 08:09:27 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
  • [ 編集]

いいんでねぇの?

ご無沙汰してます。
いや、近頃は中国の研究者の中からも、これに近い意見を書いた論文なんかはかなり堂々と出てますよ。まあ、「国民を騙す」とか、「目を逸らす」とかは書いてませんけどね(笑)。
だいたい、今の胡錦濤指導部の最大の課題は、前任者の時代の盲目的なGDP追及で出てきた色んな矛盾の調整ですからね。それは自他共に認めてるところで、流行りの「和諧社会」っていうキーワード自体が、それを象徴しているわけですよ。
まあ、ほとんど限られた人(日本人が大半)しか読まない日本語のフリーペーパーなら、そのくらい書いても大して問題にもならないんじゃないかな?

  • 2007/04/21(土) 21:25:09 |
  • URL |
  • 遼寧省営口市在住 #-
  • [ 編集]

変則的断面からの考察

「旬子」に次の一説がある。
中国の周縁には「四海」が配されている。 「北海」には「走馬吠犬」がいて中国は得てこれを畜使し、「南海」には「羽翮歯革曾青干」があり中国は得てこれを財とし、「東海」には「紫(糸偏に去)魚塩」があり中国は得てこれを衣食し、「西海」には「皮革文旄」があって中国は得てこれを用いる、と。

唐代の楊は、これらの「海」を「荒晦絶遠の地と謂い、必ずしも海に至らず」と註しているので、現代文に要約すると以下のようになろう。
中国の周縁に広がり繋がる「資源豊富な未開・野蛮の地」の、「北方」からは「良馬」を、「南方」からは「象牙」を、「東方」からは「織物・塩干」を、「西方」からは「皮革」などを持ち寄り、それらを畜育し、財し、衣食し、用いることは、中国にとってごく当たり前の行いであり、これら物産・天然資源を取り込むことで中国文明はより栄え、また、漢民族の進出によって「四海」は改造され、世界は中国文明に浴する、と言うことになるのだろう。

そういう解釈からすると、「北」の内蒙古や珍宝島、「南」のチベット、南沙諸島や南太平洋島嶼国、「東」の尖閣列島や沖縄トラフを含む東シナ海一帯、そしてやや遠い北インド山岳地からアフリカや中南米までの「西」、すなわち、地球上の「荒晦絶遠」である「資源豊富な未開の野蛮の地」を支配する行動は、近年の地政学的、資源訴求的あるいは勢力拡大的進出をも含めて、妙に納得させられるし、遠大な野望の中には月や宇宙空間にまでも照準を合わせているのか.......................
「儒教古典」の教えに学び、忠実に実践される「中華思想=覇権主義」!!

そんな中国に一縷の「救い」を見出すとすれば、心優しい人民はそこここに多く居り、世界中において食される中華料理は実に旨く、数千年の太古より日本を育んでくれた証も厳然と有る。
この続きは夢の中で考えよう。 

大連は今、午後の11時32分だな。 おやすみなさい。

  • 2007/04/21(土) 23:32:55 |
  • URL |
  • hexue #0gXy5ln6
  • [ 編集]

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