大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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【露馬脚】

勘違い中国語シリーズ041【露馬脚】

「露馬脚」は日本語では「馬脚を露す」と言い、その意味するところは、日中共通で
「秘密にしていたことが明らかになる、隠していた正体がばれてしまう」

ことである。

では、なにが、勘違いかと言うと、日本ではこの言葉の由来は、
芝居で馬の脚を演じる役者が、芝居中にうっかり姿を現すことから、隠しておいたことが現れることを言うようになった
とされているが、中国で別の由来を聞いたので紹介する。

後に明朝を興して皇帝となった朱元璋は幼い頃とても貧乏だった。糊口を凌ぐために牛飼いをしたりお寺に住んだりすることもしばしばだった。
その後、元朝末期に、彼は郭子興の部隊に入り勇敢に戦い、功績をあげた。郭子興は大いに彼を称え、義理の娘の馬氏を嫁に与えた。馬氏は才女で、頭が良く仕事も出来て、朱元璋を助け大きな事業を成し遂げた。

朱元璋が明朝を興して皇帝になり、最初にしたことは彼女を皇后にすることだった。
馬皇后は、美人ではなかったが威厳があり挙動振る舞いも上品であった。
唯一の玉に瑕は、彼女は纏足をしていなかったことだった。纏足による小さな足が美人とされていた時代に、大きな足は欠陥とされた。馬氏は皇后になってから、以前にも増して自分の大きな足が不安だった。だから、人前に出るときには、覆い隠して出来るだけ袴の外に足が出ないように気をつけていた。

ある日、馬皇后は行楽気分で輿に乗って古都見物に出かけた。民衆は、皇后の輿が通りかかると、一目、皇后の姿を見ようと集まって来た。 
その時、思いがけず一陣の強い風が吹き、輿を覆っていた暖簾の一部が巻き上がり、馬皇后の大きな両足が民衆の前にさらけ出されたのであった。人々はびっくりした。皇后の足が意外にもこのようだったとは思いもかけなかった。人々は、先を争って言い伝えた。たちまちのうちに街全体に広まった。

「露馬脚」という言葉は、このように伝えられている。

後の人々は、隠し事や陰謀が露呈したときに、「馬脚を露わす」と言う様になったと。


本当のような、あるいは作ったような話だが、一説としてこのように伝承されている。

【広辞苑】纏足(てんそく)
中国で、女児が4~5歳になった頃、足指に長い布帛を巻き、第1指(親指)以外の指を足裏に折り込み固く縛って、大きくしないようにした風習。唐末の頃から起こり、南宋頃から盛行。清の康熙帝が禁止令を出したが効果がなかった。民国となってからはほとんど全滅。

纏足について、ちょっとネットで調べてみたら、読んでいるだけで気分が悪くなるような奇習で、こんなことが千年もの間続けられたことに、強い違和感を禁じ得ない。

月、木の定期更新とは別に、日本人が勘違いしやすい中国語を、不定期に紹介している。

コメント

纏足

写真でみたことがありますが、本当にハイヒールのような形に真ん中がくびれているんですよね。
成長期に体の骨格そのものを変形させるので、大変な苦痛だとか。
未だ、世界にはぞっとするような慣わしがいろいろあって、現代の日本に生まれたことを幸せに思います。

  • 2007/05/08(火) 13:20:04 |
  • URL |
  • カンカン #J7gMWUUA
  • [ 編集]

奇習

私は、纏足の詳しいことは知りませんでしたが、今回調べてみて、胸が悪くなりました。本当に奇習だと思います。
欧米人に言わせると、日本の「お歯黒」も奇習だそうです。

  • 2007/05/09(水) 07:31:48 |
  • URL |
  • でっつ #m/aUcm4U
  • [ 編集]

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