中国人のこの辺りの感覚はどうも慣れません。
強烈と感じてしまいます。
幼稚園は露骨にその通です。見ると寄付金の金額がわかります。
我が子はお金をだしていないが気に入られてるようでその他大勢の部分ではありませんでした。
どうしてすぐに敵をつくるのでしょうね。
熱すぎる国民性に戸惑いまくってます。
中国人にしたら熱くならない日本人はバカだ。と思ってるのかも・・・・。
友人に聞くと苦笑してました。
国民性から受けるストレスは大きいですね。
ここだけを見ると早く日本に帰りたいと思ってしまいます。
でも、総合的にはまだまだ大連に残りたいです。でも、主人は6年目。
先月、英語フェスティバルがあり、息子を含めて数名の園児が園を代表し、英語で挨拶をしました。
外国人の子供ということで、ひょっとすると、他の子よりプラスαの部分があったのかもしれません。
でも、私は、息子が外国人だから選ばれたんじゃないと思いたいです。
中国語で自己人(Zijiren)だから、云々というと、もう本当に身内扱いされた関係です。どんな悪い刑事事件を引き起こしても、その人の味方です。それでもって警察とか彼を裁く相手から守るのが、中国人のスピリッツでしょうか。任侠の世界、司馬遷が李陵を弁護した世界です。
教師ですらも自分の教え子の試験結果が良くなるようにエコヒイキというか、試験に出そうなところを内緒で教えます。まあ日本でも自分の生徒が有名学校に入れるようにと熱心な教師を母親は信頼するわけですが。
親という字もキッスをするという意味があるほど、親密な関係を持つ間柄の表現です。
しかし、1968年ごろの文革時代の唱歌には、親よりも何よりも、毛主席により大きな親しみを感じ、親はいなくても、毛主席が長寿でいてくれさえすれば、国を守ってくれればうれしい、などと、中国人の伝統的な気持ちを逆なでするような激烈な内容の歌がうたわれていました。だれもそんな建前のような歌を信ぜずに、舌をペロッと出していたことでしょう。
でも、当時の報道では、両親が資本主義的な思想の持ち主だと密告して、親を裏切らせた青少年を’模範的紅衛兵”だと賞賛してましたが、
ほんのわずかなケースだから、新聞に載ったのでしょう。
親子の情は中国人に於いては、何よりも大切なことです。
ひとつ感心し感動するのは、あれだけ戦争中に悪いことをして中国人をいじめてきた日本人の遺していった戦争孤児を、これはこれで大事に育て、可愛がってくれた中国人がたくさんたくさんいたことです。
あの遺児たちは、まさしく彼等の’自己人’になったのです。
敗戦を境目に。
>marorotti さん
幼稚園のことは知人から耳にしたことで、私自身は経験がありませんが、容易に想像できます。本当にこの辺の感情は日本人にはなかなか理解しがたいところです。
ところで、もう6年目ですか? このくらいだと帰りたい気持ち半分、もう少し残りたい気持ち半分と言うところでしょうか?
>o-chuckさん
きっとKAZくんの発音や態度が良かったから選ばれたのでしょう。
ところで、exblogは相変わらずつながりませんか? 上のmarorottiさんもexblogですが、苦労しながら更新されているので、テクニックなど聞いてみたらいかがですか? 連絡先が分からなければ調べてみますよ。
>サンディさん
「自己人」とは、また強烈な言葉を探して来ましたね。
《親という字もキッスをするという意味がある》なるほど「チンチン」と言うのがそうですか。
いつもながら、見識の深いコメントありがとうございます。
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