大連雑学事典

2008年3月までは、大連在住の総経理が現地レポート、その後は日本からの回顧録や中国語トピックス。 過去の記事は右下太字の「大連雑学事典ハンドブック」を参照してください。

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コンビナート火災、原因は人為的ミス

中国、石油パイプライン爆発事故があった港を封鎖=関係筋 2010年7月19日
 [北京 19日 ロイター] 中国当局は、石油パイプラインの爆発事故があった大連市の港を封鎖した。業界関係者がロイターに述べた。爆発は16日夜に起き、鎮火に15時間超を要した。 19日の国営メディアによると、爆発に伴い大量の原油が海に流出、50平方キロメートルに油膜が広がっており、当局では汚染拡大の防止に追われている。
 大連で2カ所の主要な製油所を操業するペトロチャイナ<0857.HK>は、1週間の港封鎖に対応できるよう危機管理計画を策定したという。

中国大連港、コンテナ取り扱い再開=新華社 (トムソンロイター)
 [北京 20日 ロイター] 新華社は20日、石油パイプラインの爆発事故があった大連の港でコンテナ事業を手掛ける大連港<2880.HK>が操業を再開したと伝えた。
 新華社によると、大連港は19日夜にコンテナの取り扱いを再開した。

大連石油パイプライン爆発、原因は作業ミス
 中国安全生産監督管理総局と公安部は23日北京で、大連で発生した中国の石油大手「中国石油天然気」の石油輸送パイプラインの爆発事故の原因を発表した。
 取調べによると、石油タンカーからの原油の荷卸し作業を中断した後も、業者側がパイプラインに強い酸化剤を含む原油脱硫剤を注入しつづけたことにより、パイプラインの爆発を誘引しました。この事故で死傷者は出ていませんが、火は15時間も燃え続け、事故現場の石油輸送設備がひどく破損したほか、周辺海域も汚染された。
 7月16日の午後6時20分ごろ、大連新港から「中石油」の大連石油タンクを結ぶ石油パイプラインが、タンカーからの原油の荷卸し作業中に爆発が発生し、パイプラインから原油が漏れ、火事が発生し、原油と汚水が海に流れ込んた。

大連石油コンビナート爆発

懐かしの読者、カンカンさんから、大連石油コンビナート爆発事故の状況をまとめなさいと要望があったので、いろいろなサイトの情報を集めてみた。懐かしの読者は、離散してしまったと思っていたが、こうして声をかけていただけるのはありがたい。
では、場所の確認から。

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7月16日の夕刻、遼寧省大連市の経済技術開発区内にある順風里団地に住む杜東は、いつものように自宅で夕食を取っていた。すると突然、巨大な轟音が南の方角から聞こえてきた。彼は茶碗と箸を放り出し、南向きの窓に駆け寄った。すると、すぐに鼻腔を突く刺激臭がたちこめてきた。さらに十数分後、消防車のサイレンが次々に聞こえてきた。「これはおおごとだ」。杜東は心中で事態の深刻さを悟った。
 午後6時11分、事故の第一報を中国中央テレビが伝えた。杜東の自宅から5.6キロメートルのところにある大連新港の石油備蓄基地でパイプラインが爆発し、火災が発生したのだ*。約1300人が暮らす順風里団地は、爆発地点から最も近い住宅地の1つだった。事故が起きたのは、大連市の中心部から北東へ20キロメートルほど離れた大孤山半島にある化学工業団地内。ここは、大連の基幹産業の1つである石油化学産業の集積地だ。

*この事故は、タンカーから石油タンクに原油を荷下ろしする作業中に起きた。この作業では、タンカーと石油タンクをつなぐパイプラインに原油から硫黄分を取り除く脱硫剤を注入するが、荷下ろしが中断したにもかかわらず脱硫剤を注入し続けた人為的ミスにより、パイプラインの爆発を招いた。

漁民がポリバケツで原油を回収
 爆発と同時に発生した火災は、15時間後にようやく鎮火した。7月18日、遼寧省公安庁が北京の公安省に送った報告書には、「我が国において前例のない大火災だった」と記述されている。
 事故から4日後の7月20日、本紙(経済観察報)記者は事故現場への接近を試みた。この日の大連は強風を伴う大雨に見舞われていた。経済技術開発区の中心部から大連新港に近づくにつれ、耐え難い異臭を伴う空気が濃くなっていった。「このあたりには化学工場がたくさんあるが、こんなにひどい臭いは爆発事故の後からだ」と、地元のタクシードライバーは証言する。
 ふだんなら、このドライバーの上得意は大連新港に小口の輸入貨物を引き取りに来る商人たちである。しかし爆発事故の後は、流出した原油の回収と汚染除去に当たる武装警察隊員や漁民を何人も乗せたという。
 「爆発当夜、消防隊は4重の防火壁で囲んで火災の延焼を防ごうとした。しかし火の勢いが強く、あっという間に3層目まで破られてしまった」。ドライバーは、武装警察隊員から聞いたという話を臨場感たっぷりに語った。
 事故現場に近い漁村の鯰魚湾村では、地元政府の要請で村中の漁船が駆り出され、海上に流出した原油を回収している。大連近海では6月初めから8月末にかけて禁漁期であるため、漁民たちは政府の要請に応じた。回収作業に加わったある漁民によれば、早朝4時から出航し、ポリバケツやヘルメットを使った手作業で原油をさらっているという。

7月16日午後6時頃爆発事故発生
「中国・大連の港で石油パイプライン爆発 原油が海に流出」
2010年7月17日22時29分 【瀋陽=西村大輔】中国の新華社通信によると、16日午後6時ごろ、遼寧省大連の大連新港にある中国石油のパイプラインが爆発、炎上し、別のパイプラインにも引火した。17日昼までにほぼ鎮火したが、原油が海に流出。少なくとも50平方キロの海面が汚染された。
 当局は17日、全長7キロのオイルフェンスを設置し、約20隻の清掃船を出動させて原油の除去作業にあたった。
 同通信によると、事故発生当時、タンカーから石油の荷下ろし作業が行われていた。タンカーは安全に現場を離れたという。事故原因はまだ明らかになっていない。現場周辺では、黒い粉じんが舞い、石油のにおいが漂っているという。死傷者は出ていない模様だ。
爆発事故
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爆発現場
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燃える
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消防隊1
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消防隊2
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消防車
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燃え盛る火にどうする
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鎮火1
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鎮火2
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鎮火3
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これで一件落着かと思ったが、原油流出という悲惨な事故拡大につながってゆく。

金正日が大連に現れた

昨日来のニュースによると、北朝鮮の金正日が大連を訪れているそうだ。
海辺の迎賓施設で歓迎会をしたとういうのだから、おそらく「棒棰島」だろう。むかし、江沢民が来たときにも、迎賓館として使ったという、由緒ある施設だ。

「北朝鮮」
いろいろな主義・主張の人が見ていると思うが、敢えて言う。
あんな国はつぶしてしまえ。
 ・他国民を誘拐拉致する。
 ・他国の偽札を印刷してばら撒く。
 ・麻薬を精製して売りさばく。
 ・ミサイルをテロ組織に販売する。
 ・核兵器を商品にする。
これは、国家の衣を着た暴力団だ。
大連に来るな、さっさと帰れ!

国を潰せと言ったが、民、百姓などの人民は保護しなければならない。

fc2.comが開かない

昨日、中国で「大連雑学事典」が開かなくなったと書いたが、その後の情報によると、当ブログだけではなく、fc2.comが全部開かないようだ。
2006年ごろだったか、exblog.jpが軒並み開かなくなったことがあったが、今回は、fc2.comがやられているわけか。
当局が解除するのを待つしかないか。

中国で開けない

この大連雑学事典が、この数日、中国では開けなくなったとの話を聞いた。
最近のタイトルが、「死刑執行」「毒ギョーザ事件」「旅順開放」と中国当局にとってはあまり触れて欲しくないテーマが続いたから、検閲に引っかかったのだろうか?
そうは言っても、ニュースで報道されている程度のことしか書いていないのに、過敏に反応するとは、いかがなものか。
ブログ全体としては、中国の良いところも書いているのだがなぁ。

毒ギョーザ事件の犯人

中国製冷凍ギョーザ中毒事件で、中国公安部が身柄を拘束した天洋食品工場臨時工、呂月庭容疑者(36)が、中国の公安当局に対し、犯行動機について「長期間臨時工として勤務したが、正社員にしてもらえなかった」などと、待遇面の不満を供述していることが27日、分かった。警察庁が中国公安部から受けた情報として発表した。

オレが総経理をしていた会社では、10年も臨時工をして正社員になれなかったなんてことは、法律が許してくれなかった。それだけ継続して使うということは才能がある人と認めたことだから正社員に登用しなさいと。
だけど、正社員だから安泰というわけじゃないけどね。とくに2008年からの労働契約法が施行されてからは。

2年も経ってから、下水から注射器がみつかって、そこから毒物が検出されたって、ホントかな?
スケープゴートにされてんじゃないかって疑問が残るよね。
中国だから。

日本人初の死刑執行か

報道によれば、中国当局は麻薬密輸の罪で死刑判決が確定している日本人男性死刑囚に対し近く死刑を執行すると日本側に通告した。執行されれば、1972年の日中国交正常化以来、初となる。
刑が執行されるのは、大連で捕まった男らしい。
大連で捕まった男だとすれば、赤野光信(63)だ。
2006年4月に大阪から中国に入国し、同年9月大連の空港から日本へ覚醒剤約2.5キロを密輸しようとして逮捕された。
2008年6月、一審で死刑判決を受け、2009年高級人民法院で控訴が棄却され、判決が確定していた。
中国では死刑を執行する際、最高人民法院(最高裁)の承認が必要で、中国側からの通告は、すでにその承認が得られていることを意味する。
4月5日にも執行される可能性がある。
中国には現在、執行猶予のつかない日本人死刑囚が4人いるが、赤野死刑囚が最初に選ばれたのは、別の死刑囚は八王子の殺人事件の情報を知っている可能性があるから、生かしておこうという配慮だとか。
ほんとかな。

中国は世界最大の死刑執行王国だ、毎年千人以上が処刑されている。
同じ法律で自国民も処罰しているのだから、しかたないのかな。

一方、日本の千葉法務大臣は、死刑反対派で、就任後一件も死刑執行をしていない。
死刑反対は個人の主義主張だから構わないが、担当大臣としての職務遂行放棄は問題じゃないか。

2010年の中国休日

昨年12月8日に国務院が発表した2010年の年間休日計画を紹介する。
国務院から、各省、自治区、直轄市人民政府宛に、2009年12月8日付で、2010年の休日計画の通知が出された。 文書名は次の通り。
    国务院办公厅关于2010年部分节假日安排的通知
原文の中国語は、国务院2010年节日放假安排に掲載されている。(いつまであるか分からないが)

これによると、基本的には、2008年から施行された休日法に基づくもので、法定祝日は次の11日間。
元旦節      1月1日 【自然に3連休になった】
春節(旧正月)  2月13、14、15日 【7連休を作った】
清明節      4月3日 【自動的に3連休になった】
労働節      5月1日 【自動的に3連休になった】
端午節      6月14日 【無理やり3連休を作った】
中秋節      9月22日 【無理やり3連休を作った】
国慶節      10月1、2、3日 【8連休を作った】
各祝日の説明は、2008年の中国の祝日で紹介している。

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図の中で、赤地に白抜き文字は法定祝日、オレンジ色は振り替え休日を表す。
法定休日と週休日(土、日)が重なった場合は、基本的には次の出勤日を振替休日にする。
3連休が4回あり、長期連休は、春節7日間と国慶節7日間。
振替休日と代わりの出勤日の関係は矢印で示した。
無理やり連休を作るために、土日の振替出勤日も多い。2月と6月には、7日連続出勤がある。

キーワード:中国 年間休日計画 中国カレンダー 年間カレンダー

イギリス人の死刑執行

パキスタン系イギリス人、アクマル・シャイフは、2007年9月、タジキスタンから新疆ウイグル自治区のウルムチ空港に到着した際、スーツケースにヘロイン約4キロを所持しているのが見つかり逮捕された。シャイフは「中国で知り合った男からスーツケースを渡された。中身は知らない」と主張したが、自治区の裁判所は08年10月に死刑判決を言い渡した。同氏は控訴したが、今年10月に棄却され刑が確定した。
昨日、2009年12月29日10時半(現地時間)に刑が執行された。
イギリス側は27回にわたり「寛大な措置」を求めてきたし、COP15の場でも、ブラウン首相は温家宝首相に直訴したが、完全に“黙殺”されただけに、中国への怒りは大きい。

大連でも麻薬密輸の疑いで逮捕され、死刑が確定している日本人がいるが、執行されておらず、減刑されるのではないかとの見方もある。

中国は、年間3000人も死刑が執行される死刑大国であるが、外国人の死刑執行には慎重である。オレの記憶では、日本人の死刑が執行されたことはなかったと思う。

イギリス人への死刑執行を強行した背景には、先進国の圧力に屈せず、中国の法規を遵守する姿勢を内外に示したいとする思惑があったのだろう。特に、中国国民に対して中国政府の決定は、国際世論にも影響されず、決定事項は強行するぞという脅しをかけているように見える。今後、経済問題や独立問題などで中国国民が多少騒いだところで、弾圧の力は緩めないぞという国内事情によるところが大きいと思う。

今後の英中関係が微妙だが、平和裏に解決することを強く希望する。

貂蟬(美人連環の計)

CCTVのテレビドラマ「三国志演義」(面倒だから以後「三国志」と書く)をみて、役者の選定にも気を使ったのだろうと思う。

三国志の中で、女性が中心になって物語を進める場面は極めて少ない、中でも、主役級に活躍するのが、「美女連環の計」に登場する「貂蟬」(ちょうせん)である。字体の関係で「貂蝉」が使われることもある。

物語の背景を簡単に記す。
董卓は、落ち目の漢朝廷を牛耳り、暴虐の限りを尽くし、態勢が不利と見ると洛陽に火を放って、勝手に長安に遷都するなどやりたい放題だった。曹操が董卓暗殺を企てるが失敗に終わり、地方に逃げ落ちた。
董卓のそばには、豪傑の呂布が付いているので、おいそれと手が出せなかったのだ。
司徒(ま、総理大臣みたいな重職)の王允は、悪政に悩み、何とかして董卓をやっつけようと思っていた。悩む養父に美しい養女の貂蟬が、「私の身で役に立つことがあれば何なりと仰せ付けください」と申し出る。
王允は、泣きながら、娘に囮の役目を言いつける。
作戦はこうだ。 英雄色を好むの例に漏れず、董卓も呂布もスケベであるから、16歳で可愛い盛りの美女を見せ付ければ、独占したくなるに違いないと踏んだ。両者に個別に貂蟬を紹介して、娘を献上すると申し出る。
(まるで品物扱いだが、当時はそういう時代だった)
呂布は戦いには強いが、頭は空っぽなので、簡単に作戦に乗るだろう。一方、董卓は独占欲が強いので呂布には渡さないだろう。そんな二人の間で、貂蟬は、
呂布に対しては「あんな爺さんに囲われるの嫌だ、将軍のそばが良い」と囁き、
董卓に対しては「乱暴者の呂布が怖い」と訴える。
こうして二人を仲たがいさせて、頃合いを見て王允が呂布に董卓暗殺を持ちかける。
「朝廷をないがしろにするあんな逆賊についていると、子々孫々まで、逆臣の汚名をきせられる」というと、簡単に暗殺派に回る単純な頭だ。実は、呂布が同じような誘いに乗って、義父を殺めるのは二度目なのだ。
かくして、作戦通り、呂布が董卓を殺害するという物語だが、天下の支配者と無類の豪傑を手玉に取る女性とはどんな人が演じるのか、大いに興味があった。また、貂蟬は、楊貴妃・西施・王昭君と並び、古代中国四大美人の一人に数えられる点からもどんな美人が出てくるのか。
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これが、父の悩みに共に憂いる貂蟬だ。動きがないので実感が伝わらないが、すごく可愛いし、素朴な愛おしさを感じる女優さんだ。陳紅さんという。

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上の素朴な女性から劇的変身して、董卓の前で舞って見せたときには、このような艶やかさで、妖しい視線を送る。

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これにメロメロになった董卓は、こんな爺さんだ。いかにもスケベそう。

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ついでに、呂布の写真も紹介しておこう。
頭の冠は、貂蟬が将軍のためにとプレゼントしたもの。
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